Safety 2.0の具体例をお見せしよう。一つ目は、「止めない安全」による生産性向上の例。Safety 1.0のときとは、生産現場が大きく変わる。二つ目は、「見守り安全」の例だ。これまで見えなかった安全を「見える化」することで、安全への的確な投資が可能になる。そして三つ目が、「コラボレーションフェールセーフ」である。この新しい概念により新しい市場が拓ける可能性がある。
設備を止めずに安全確保、人とロボットの協働を可能に
従来は、生産設備に異常や故障などがあると、停止して対処することを安全の基本としてきた。しかし生産設備を止めると、当然のことながら生産がストップしてしまうため、安全は生産性とトレードオフの関係にあるとみられてきた。そのため製造業などの現場では、作業員が生産性を落とさないようにと、生産設備を止めないまま危険を承知で異常などの対処に当たり、事故に巻き込まれてしまうといったケースが後を絶たなかった。たとえ、生産設備に安全装置が取り付けてあっても、作業員は生産を第一に考え、それをわざわざ無効化して作業をしてしまうのである。
Safety 2.0では、こうした問題を解決することができる。ちょっとした異常や故障なら、生産設備を完全に止めることなく、社会的に許容されるレベルのリスクの範囲内で人の能力に応じた条件で運転を継続させるからだ。
図1は、作業員が回転体の点検に来たときの様子を描いたもの。作業や安全に習熟した左の作業員と、習熟していない右の作業員では回転体の速度を変えて運用する。一方、図2では、習熟した左の作業員と習熟していない右の作業員では、機械に近づける距離が違う。
人の能力に応じて機械の速度を柔軟に制御することで、安全性と生産性を両立する(イラスト:楠本礼子、以下同)
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人の能力に応じて「ゾーン」をうまく設定することで、人とロボットの協働を可能にする
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これまでは「動かす」「止める」の2値制御だったのに対し、Safety 2.0では「速く動かす」「遅く動かす」といった運用も取り入れた多値制御を取り入れる。これにより、チョコ停が減り、稼働率が向上する。さらに、人とロボットの間で常に情報をやり取りするようになれば、同じ空間内で人とロボットが安全を確保しながら互いに協調して作業ができるようになる。
このように、Safety 2.0ではきめ細かな運用により、これまでトレードオフの関係にあると考えられてきた安全性と生産性の両立を可能にするのである。
安全の見える化で人にやさしく、投資効果も最大に
Safety 2.0が可能にする「見守り安全」は、様々な分野に展開できると考えられる。
図3は、NTTコミュニケーションズと大林組の事例だ。建設現場の作業員のバイタルデータを常時モニタリングすることで、管理側で客観データに基づいた的確な判断が下せるようになり、事故を未然に防げる。こうした見守り安全が適用できるのは、建設や土木の現場に限らない。
建設現場の作業者にバイタルデータを取得できる衣服を着用させ、熱中症などを予防する
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例えば、製造業の分野では現場で働く作業員が、流通・運輸・交通・航空といった分野ではトラックやバス、タクシーの運転手、操縦士などが対象になる。この場合の使い方は、基本的には上述の建設現場の作業員と一緒だ。
一方、人手不足が深刻な福祉・介護といった分野では、被介護者にバイタルデータを取得できる衣服を着せ、常に体の状態をモニタリングする。そして体の異常を示すデータを検知したら、すぐに担当医や介護ヘルパーなどに知らせるという仕組みが可能になる。
こうした見守り安全は、実は、安全の見える化と表裏一体である。橋梁の構造体にセンサを取り付ける図4がその典型だ。他にも、例えば製造業では機械の様々な構成部品にセンサを埋め込み、故障を未然に検知する取り組みなどが既に始まっている。こうした安全の見える化には、安全を確保すると同時に、メンテナンスコストの削減や稼働率の向上といった便益が期待される。
橋梁にセンサを取り付けて亀裂の進展などを見える化し、危険な状態に達したら通行止めにする
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さらに、IoTを利用して安全装置の効果測定を実施しようとする構想がある。労働安全衛生総合研究所が進める、「根拠に基づく安全理論(EBS:Evidence Based Safety)」の体系化の一環で、要は、安全にエビデンスを導入しようとするものだ。これまで安全はその効果が見えにくかったが、それが可視化できれば、安全への投資を的確に見極められるようになる。
コラボが生み出す新たな安全で新技術/新市場を創造
Safety 2.0は、既存のシステムを大きく変える可能性がある。その好例が鉄道だ。
現在の、地上設備を用いて列車の運行管理を行うシステムでは、「閉塞」と呼ぶ区間を設定し、安全面から1つの閉塞区間には1つの列車しか入れないようにしている。これに対して全ての列車を無線で運行管理するようになれば、閉塞区間から開放される。これにより、多額なコストがかかる地上設備は最小限で済むようになるし、今以上に過密なダイヤだって組める。
これをもっと突き詰めていくと、図5のように、電車とバス型のDMV(Dual Mode Vehicle)車両の混在運行を実現する。バスが電車の役割も果たすことで、低コストな運行システムや、顧客満足度の高いサービスの提供が可能になるのだ。
Safety 2.0が実現する鉄道の未来。電車、バス型DMV車両、ディーゼル車両などの混在運行が可能になる
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こうしたSafety 2.0の究極の姿が「コラボレーションフェールセーフ」である。バスの運転手の不測の事態を自動運転が救う、図6が、まさにそれ。とりわけ自動車分野では、自動ブレーキや自動運転などの技術の進展に伴い、様々なコラボレーションフェールセーフが可能になりそうだ。
バスの運転者に異変が起きたら、それを管理センターやバスに急報し、バスが自動で停止する
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もう1つ、コラボレーションの例を挙げるとすれば、歩行者だ。街中ではスマホを見ながら歩く人をよく見かけるが、いくら自動車の運転手が注意しても、周囲が見えていない歩行者は急に自動車の進路に飛び出してくるなど予想のつかない危険な行動をとる。これに対して自動車と歩行者がスマホを介してつながれば、ある一定の距離に自動車が近づいたところで音や振動、画面表示などによって接近を知らせ、歩行者が自ら回避行動を取るよう促すことができるようになる。
このように、人とモノが協調すれば、安全の確保の仕方が多様化する。そこには新たな技術と共に、新たな市場、新たな産業が生まれる可能性があるのだ。
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