2017年2月17日金曜日

トランプ氏「日本の高速鉄道に関心」の本音

 日米首脳会談の前日、トランプ大統領が米航空大手の経営トップとの会合で「日本や中国には高速鉄道網がある。米国にはない」と発言した。日本の新聞は「日本の高速鉄道をトランプが高評価」という調子で報じた。

 この発言を受けたかどうかは分からないけれど、日米首脳会談で安倍総理は、新幹線やリニアモーターカーを挙げ、特にリニアでは「ワシントンDCからトランプタワーのあるニューヨークまで1時間」と強調。「日本の高速鉄道技術で米国に貢献したい」と語った。これも日本では「米国の高速鉄道を日本の技術で」と報じられた。

 日本人は海外から鉄道やクルマを褒められると大喜びする。しかし、これで「全米高速鉄道網が日本の技術で」と思ったら、ぬか喜びになるかもしれない。

 トランプ大統領が高速鉄道に言及した場は「米航空大手の経営トップ」との会合だ。しかも「ある人に聞いたんだけど、日本と中国に高速鉄道があるらしいね」という伝聞形だった。日本の報道機関はトランプ大統領が「米国の鉄道は時代遅れだ」と発言したと報じたけれど、米ブルームバーグによると「空港も鉄道も時代遅れ、道路もよくない」と交通網全体のインフラを問題とした発言だったらしい。

 会合の相手が米航空大手という状況から察するに「航空業界がちゃんとやらないなら、鉄道や道路の整備に予算を使っちゃうぞとハッパをかけた」と考えたほうが良さそうだ。

 そして、トランプ発言の「高速鉄道」にしても、新幹線やリニアではないかもしれない。

●米国にも高速鉄道技術がある

 米国では西海岸のロサンゼルスとサンフランシスコを30分で結ぶチューブトレイン「ハイパーループ」構想がある。大陸横断も視野に入れており、ロサンゼルスとニューヨークの間は45分が目標タイムだ。提唱者はイーロン・マスク氏だ。PayPal創業者であり、後に電気自動車のテスラモーターズや民間宇宙ロケットサービスのスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX)を創業した人物である。

 「ハイパーループ」は、チューブ形の軌道内でカプセル状のポッドを走らせる交通システムだ。高速鉄道や列車と言っても、従来のレールの上を走る列車ではない。浮力や動力に磁力を使うから、リニアモーターカーに近い。軌道チューブ内はほぼ真空になるまで減圧される。ポッドの空気抵抗を減らすためだ。最高時速は時速1220キロメートルと試算されている。また、チューブ軌道は高架に作られ、屋根に太陽電池が設置される。

 ハイパーループは、子どものころに読んだ絵本や、SF映画にときどき現れる「未来の乗りもの」のようだ。だから私は、遠い未来の夢物語だと思っていた。同様に感じる人も多いかもしれない。しかし、楽観視、油断は禁物だ。

 米国にはハイパーループを手掛ける新興企業が2社ある。「ハイパーループ・ワン(H1)」と「ハイパーループ・トランスポーテーション・テクノロジーズ(HTT)」だ。

 H1はスペースX出身のエンジニア、ブローガン・バンブローガン氏と、ウーバーに出資した投資家、シャービン・ピシュバー氏が創業した。現在は社長としてシスコシステムズの元プレジデント、ロブ・ロイド氏を迎えている。

 HTTは起業家のダーク・アルボーン氏が創業した。彼はクラウド型インキュベータ「ジャンプスタートファンド」の経営者でもあり、HTTもクラウドファンディングの案件の1つだった。

 発案者のイーロン・マスク氏はどちらの企業にも参加していないようだ。しかし、スペースX社の敷地にはハイパーループシステムの実験線が建設されている。この建設にかかわったエイコム社は、H1やHTTと親密な関係にある。ゆえに、H1、HTTは、構想と技術についてはスペースXならびにイーロン・マスク氏を継承し、実行部隊としては競争関係にある。

●実験成功、路線建設の段階へ

 H1は2016年にネバダ州ラスベガス北部に新設した試験場で、リニア推進システムの公開テストを実施し、4秒間の走行で最高時速186キロメートルを達成した。新幹線より遅いじゃないかと侮(あなど)ってはいけない。等加速度運動として計算すると、加速度は約46km/h/s以上。約102メートルの距離で達成しているはずだ。実験線の長さは457メートルだった。実験線を長く作れば、もっとスピードは上がる。

 計算上では時速500キロメートルに達するまで約754メートルの距離で約10秒。時速1000キロメートルに達するまで約3020メートルの距離で、約21秒しかかからない。ただし空気抵抗があるから計算通りにはいかない。そこで減圧したチューブが必要になる。H1はこの実験の成功で約87億円の資金調達に成功したという。

 2016年11月8日、H1とアラブ首長国連邦はドバイ〜アブダビ間のハイパーループ建設を発表した。約160キロメートルの距離を12分で結ぶという。この距離を東海道新幹線に当てはめると、東京〜静岡間の実際の距離(167キロメートル、運賃計算上は180.2キロメートル)にほぼ相当する。現在、ひかり461号が63分で走る距離が、ハイパーループで12分だ。

 HTTは2017年内にカリフォルニアで約キロメートルの実験線を完成させ、2018年に有人搭乗試験を開始する計画だ。また、実用化に先行する形でスロバキア政府と路線の実現可能性について「予備的な合意」をしたと発表した。HTTの構想ではオーストリアのウィーン、スロバキアのブラチスラバ、そしてハンガリーのブダペストを結ぶ。

 ウィーン〜ブラチスラバ間は直線距離で約56キロメートル。ハイパーループの目標所要時間は8分。ブラチスラバ〜ブダペスト間は直線距離で約161キロメートル、ハイパーループの目標所要時間は10分だ。

●トランプ氏がハイパーループを知らぬワケがない

 イーロン・マスク氏のハイパーループ構想は現実的だ。もともと、カリフォルニア州の高速鉄道計画について「費用が大きい上に遅すぎる」と感じ、スペースXとテスラの社員からアイデアを募って研究に着手した。驚くべきは建設費の低さだ。カリフォルニア高速鉄道の総工費は約700億ドル。これに対して、ハイパーループは乗客専用のポッドを前提とする場合は60億ドル。クルマの輸送も対応させるなら100億ドルで済むという。

 大きな課題として、長距離のチューブ軌道で真空を維持する方法や、そのためのエネルギー効率については、識者から疑問の声が上がっているようだ。ハイパーループの実現の可能性は不透明な部分も多い。机上では見積もりや技術の検討はできる。しかし、実際には環境アセスメントや利害関係者の同意も必要。既に実用路線の建設が始まったリニアに対して、ハイパーループは実験が始まったばかり。安全運行技術も確立されていない。

 しかし、スペースXが2002年に創業し、3回のロケット打ち上げ失敗の後、2009年にマレーシアの人工衛星の打ち上げに成功するまで、わずか7年だった。現在のスペースXは中型のファルコン9型ロケットにおいて、商業衛星打ち上げのトップシェアを競うほどになった。この技術力と資金調達力、そして成功へのスピードは、規制緩和された米国発の民間企業の強みだ。

 もし、既存の高速鉄道を10年で開業させる計画があるとしても、そこから10年後にハイパーループが実用化できるとしたら、既存の鉄道への投資は無駄になってしまう。今後の20年、50年の社会インフラを考えると、スタートが遅くても新しい技術を待った方が得策かもしれない。

 鉄道ファンとしては、鋼管の中を飛ぶハイパーループを鉄道とは認めたくない。それは発案者のイーロン・マスク氏も同様で、まったく新しい輸送システムだと語っている。しかし日本では、「自社の軌道設備を持ち、他社のために輸送する」という行為は鉄道事業法の管轄。世界の実態としても、これは「高速鉄道」の分野になるだろう。

 投資家のトランプ氏にとって、米国内の新しい投資案件については知っているはずだ。航空企業の幹部相手に、ハイパーループを知らずして「高速鉄道」を引き合いに出したとは考えにくい。

 何よりトランプ氏の「米国愛」も気になる。米国経済に貢献してきたトヨタのメキシコ工場建設を非難し、日本でアメ車が売れないから不公平と発言している。そんなトランプ氏が「他国の技術を受け入れるより、米国のハイパー・ループの成功と世界進出を重視する」と考えも不思議ではない。

 トランプ氏が高速鉄道に関心を持ったとしても、油断してはいけない。トランプ氏が来日したら、ぜひ新幹線に乗っていただこう。しかし、迎える側はハイパーループを念頭に置く必要がある。ハイパーループはもはや絵空事ではない。

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