2017年2月7日火曜日

トランプ暴走、米中対立に日本は「新たな経済連携」を目指せ

米国憲法違反の恐れもある7ヵ国からの入国制限
「米国はたまに間違えるが、それを修正する民主主義がある」——。

 しばしば、このように言われるが、今まさに、米国の民主主義が試されている。

 トランプ新大統領は、連日のように大統領令に署名し様々な政策運営を行っている。主な内容はインフラ投資、パイプライン建設、メキシコ国境との間に壁を建設するなど様々なものがある。それらに共通して言えるのは、米国政府が、明確に「自国の利益」を優先し、保護主義政策や対外強硬姿勢をとっていることだ。

 1月27日にトランプ大統領が署名した大統領令を巡り、政権批判が一気に、噴出している。この大統領令は、シリア難民の入国を120日間禁じ、イスラム国など"テロの温床"と見られてきたイラク、シリア、イラン、スーダン、リビア、ソマリア、イエメン7ヵ国からの入国を90日間禁止するものだ。

 これに対し、西部ワシントン州の連邦地裁は2月3日、入国制限の即時差し止めを命じる仮処分を下し、現在は入国可能な状態だが、トランプ大統領側は不服として反発しており、混乱は長引きそうな気配だ。

 そもそも、こうした入国制限は、基本的に宗教などによる差別につながる可能性が高い。それは米国が重視してきた"自由"そのものに反する。そして、入国制限は米国の憲法に違反している恐れもある。

 米国は、多様な人種を受け入れ、社会の活性化と経済の成長を遂げてきた。それだけに、米国の産業界や法曹界からも、入国制限を命じる大統領令への批判は強い。これまで規制緩和の恩恵を見込んで、政府寄りだった大手投資銀行ゴールドマン・サックスのロイド・ブランクファインCEOは、多様性の重要性を強調し、トランプ政権の対応を批判した。

 自動車業界やIT業界などからも、トランプ政権への批判は増えている。それは、国際社会にも広がりを見せている。トランプ大統領は、自身の政策がどのような社会の反応を招くか、冷静に考えることができていない。

 それは、政権の致命傷になりかねない。すでに米国の一部有権者の間では、トランプ大統領の辞任を求める署名が進んでいるという。今後は、米国の民主主義が政権の誤りを正すことができるかが問われる。その動きが本格化するまでの間、わが国は正しいことを冷静に主張し、アジア各国との関係強化などを進める必要がある。

「唯我独尊」の大統領令の背景とその影響
 正式な就任から10日程度しか経っていないにもかかわらず、トランプ大統領の実態が明らかになってきた。一言でいえば、"唯我独尊"だ。自分が正しいと思えば、誤ったことでも平気で進めてしまう。トランプ大統領の政策運営にはそうした危うさがある。

 なぜ、そうなったのか。いくつか理由が考えられる。トランプ氏は、「米国の利益だけを主張すれば人気は保てる」と考えているのかもしれない。また、「大統領になったからには、やりたい放題できる」と、裸の王様のように考えてしまっている可能性もある。いずれにせよ、これまでの政権に比べ米国の内向き志向は顕著だ。

 トランプ氏の行き過ぎを諌める側近もいない。これは縁故などを重視した人選の弊害だろう。「自分は人気者だ、何でもできる」という本人の誤った認識と、政策を客観的にフィードバックする「組織の機能不全」が重なり、トランプ政権の暴走は続くだろう。

 こうして、当初の入国制限に関する大統領令は永住権者の入国さえも制限した。憲法違反との見方が出る可能性は否定できない。実際に大統領令に反対したイェーツ司法長官代行が解任されるなど、トランプ政権には「司法権の独立」を尊重する雰囲気すら感じられない。

 すでに国連の関係者からも入国制限を批判するコメントが出ている。イランは米国に対する報復措置の検討を表明した。そして、同国は中距離弾道ミサイルの発射実験を行うなど、トランプ大統領の政策は国際情勢の不安定化にもつながる恐れがある。

 オバマ政権時の政府関係者からは、過去30年ほどのテロ事件において、ビザの発給が停止された7ヵ国の出身者が「米国民を殺害したケースはない」と述べている。その指摘が正しいとすれば、トランプ氏は間違った政策を行っている可能性が高い。それでもトランプ大統領は入国制限への批判はメディアが悪いと、一向に自らの過ちを認めようとはしていない。

米国の民主主義は誤りを正すことができるか
 今後、トランプ政権が過ちに気づくことができるかを考えると、残念ながら大きな期待を持つことはできないだろう。トランプ大統領は「裸の王様」の振る舞いを続け、最終的には政権がレームダック状態に陥る可能性がある。そこで重要なのが、米国の民主主義の力だ。議会、世論がトランプ大統領の誤った政権運営を修正していくことが求められる。

 第2次世界大戦後、米国は世界の政治・経済の基軸としての役割を果たしてきた。その背景には、多様な価値観を受け入れることで経済成長の基盤を形成した、民主主義の懐の深さがある。それが、旧社会主義圏や新興国などからの人の流入を支えた。それだけに、米国社会が多様性という価値観の重要性を再確認し、公正さを備えた政治への回帰が進むことを期待したい。

 すでに民主党は入国制限への対抗措置として、財務長官承認の採決を延期した。一方、共和党は、トランプ大統領の政権運営の様子を見ようとしている。社会全体に反トランプの機運が盛り上がるには、いましばらく時間がかかるかもしれない。

 心配なのは、その間に欧州各国に"ポピュリズム政治"が広がるリスクがあることだ。足元、フランス大統領選挙への不透明感が高まっている。有力候補と考えられた右派のフィヨン元首相に不正疑惑が出ているからだ。そのため、極右、国民戦線のル・ペン党首が当選する可能性は、一層、排除できなくなってきた。

 ル・ペン女史が大統領の座につけば、フランスはEU離脱を問う国民投票を実施するだろう。英国のブレグジットに続く"フレグジット"(フランスのEU離脱)のシナリオは現実味を帯びてくる。今以上に、自国第一のポピュリズム政治への支持も高まるだろう。そうなると、横暴な政治を進めるトランプ政権への批判にも、変化が起きるかもしれない。

米中になびく国が増えれば日本は孤立化する「新しい経済連携」の策定を目指せ
 今後、わが国は米国の民主主義の実力を信じ、様子見に徹すればよいわけではない。求められるのは、自由貿易体制などを重視してきた国際政治・経済の歴史に則り、正しいといえることを正しいと、冷静に主張するスタンスを明確にすべきだ。

 今、世界各国は、正論に徹するか、米国に近づくかで揺れている。EU単一市場からの離脱を表明した英国は、米国との関係強化に動いた。イスラエルも米国の保護主義政策を評価している。しかし、入国制限の発令などを見る限り、トランプ政権の政策には間違っている部分がある。

 トランプ政権下、米国はグローバル化の流れから脱却し、需要の一人占めを重視し始めている。需要の囲い込み、保護主義を重視した政策が進むと、1930年代のように、経済はブロック化に向かう。

 それは、貿易競争につながり、世界経済を縮小均衡に向かわせるだろう。足元の世界経済を見渡すと、新興国は中国を中心とする債務問題や低成長トレンドの中で需給ギャップを解消できていない。そのため、世界全体で供給が需要を上回っている。賃金も増えづらい。政治は目先の民衆の満足を高めることに向かいやすい。

 こうした環境下、わが国は多国間の経済連携の意義、自由貿易体制のメリットをアジア新興国などと共有し、保護主義の動きに待ったをかけなければならない。真剣にそうした取り組みを進めることができないと、米国と中国などの対立が激化し、双方の陣営になびく国が増える中で、わが国は孤立する恐れがある。

 この状況は、ある意味では、わが国にとってアジア新興国との関係を強化するチャンスといえる。米国に代わりアジア各国の意見調整を進めることで、国家間の連携の重要性を国際社会に示す機会になるからだ。

 今後、安倍政権が、米国には国際安全保障の強化、グローバル化の意義を冷静に伝え、アジア各国とTPPに代わる「新しい経済連携」の策定を目指していくことが、中長期的な日本経済、そして、アジア地域の安定につながると考える。

(信州大学教授 真壁昭夫)

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