2017年2月6日月曜日

進化する花粉症治療 副作用インペアード・パフォーマンスの“ない”薬

 花粉症の薬は「症状が出る前から飲む」のが原則。従来の薬は能率が上がらなかったり、凡ミスをしたり、「気づきにくい能力ダウン」という意外な副作用があったが、最近では、そうした副作用の出にくい処方薬や市販薬も登場した。

 千葉県在住の会社員A氏(44)は1月中旬、会社近くにある耳鼻咽喉科で、花粉症の薬を処方してもらった。担当医に毎年飲んでいる薬の名前を挙げると、「それは"インペアード・パフォーマンス"という副作用が指摘されている薬」と言われ、違う薬をすすめられた。「花粉症歴は長いけれど、そんな副作用があるとは……。気づかないうちにその副作用の影響があったとしたら怖い」と戸惑う。

「インペアード・パフォーマンスとは、"気づきにくい能力ダウン"のことで、抗ヒスタミン薬の副作用の一つです。自動車などの運転の質が落ちたり、試験で凡ミスなどをしやすくなったりすることが、実験などで示されています」

 と話すのは、ヒスタミン研究の第一人者、東北大学大学院医学系研究科教授の谷内一彦氏だ。この耳慣れない副作用については、オランダのマーストリヒト大学がこんな実験を試みている。被験者に抗ヒスタミン薬か偽薬のどちらかを服用してもらい、自動車を運転させ、まっすぐに走れるかどうか調べた。すると、偽薬服用群より抗ヒスタミン薬服用群のほうが、左右のふらつきが大きいことがわかった。

「インペアード・パフォーマンスは本人が気づかないというのがやっかいなところ。運転の場合、知らず知らずのうちに歩行者などに気づくタイミングやブレーキを踏むタイミングが遅れるため、交通事故を起こしやすいのです」(谷内氏)

 このほかにも、イギリスで約1800人の受験生に対して行った調査では、眠くなる抗ヒスタミン薬を服用している受験生のグループは、服用していない受験生のグループに比べ、試験に落ちる割合が高かったという結果が出ている。

 インペアード・パフォーマンスに限らず、従来の抗ヒスタミン薬は眠気などの副作用をもたらす。だが、最近、医療機関で処方されたり、薬局やドラッグストアで市販されたりしている薬の中には、副作用がほとんどないものも登場していると、谷内氏は言う。

「新しいタイプの抗ヒスタミン薬は体にはしっかり効く一方、脳には入りにくいという構造に薬を作り替えてある。そのため、副作用が起こりにくいのです」

 一般的にはくしゃみやかゆみなど花粉症の症状をもたらす悪者のヒスタミンだが、実は脳内では認知機能や記憶力、学習能力を上げたり、頭をスッキリさせたり、食欲を抑えたりする重要な働きをしている。従来の抗ヒスタミン薬は体だけでなく脳にも作用し、そうしたヒスタミンの作用を抑えたため、眠気などの副作用が起こっていたが、新しい薬にはそういうことがないのだという。

 谷内氏は、代表的な抗ヒスタミン薬について、脳内の受容体にどれくらい結合するか(占拠率)をPET‐CT(陽電子放射断層撮影)という特殊な装置を使って検証した。約80%結合している薬もあれば、10%以下の薬もある。

「昔から使われている抗ヒスタミン薬の占拠率は50%以上ですが、最近のものはおおむね30%以下。もちろん個人差などもありますが、われわれは占拠率20%以下の薬であればインペアード・パフォーマンスなどの副作用を起こさないと考えています」(同)

 こうした副作用を起こしにくい薬を、「非鎮静性抗ヒスタミン薬」と呼ぶ。同じ成分を配合した市販薬(スイッチOTC)には、フェキソフェナジンはアレグラFX(久光製薬)、エピナスチンはアレジオン(エスエス製薬)、エバスチンはエバステルAL(興和)などがあり、今年1月にはロラタジンのクラリチンEXが大正製薬から発売された。

 さらに、従来の非鎮静性抗ヒスタミン薬より脳に作用しにくい薬が2016年11月に登場した。市販薬ではなく、医師から処方される医療用医薬品になるが、「ビラスチン(製品名・ビラノア)」という抗ヒスタミン薬だ。花粉症治療に詳しい日本医科大学付属病院耳鼻咽喉科主任教授の大久保公裕医師は、

「有効成分のビラスチンは占拠率がほぼゼロ。むしろヒスタミンを活性化させるというデータまで出ています。抗ヒスタミン薬のなかではもっとも副作用が少なく、強い作用のある薬と言えるかもしれません」

 もう一つ、同じ時期に販売を始めた医療用医薬品が「デスロラタジン(デザレックス)」だ。有効成分のデスロラタジンはロラタジンの代謝物活性物で、大久保医師によると、ロラタジンよりも速効性があるという。海外では10年以上前から使われていた薬だ。

 さらに、今後1、2年で従来の抗ヒスタミン薬では難しかった鼻づまりにも効くタイプの薬や、貼って治すタイプの抗ヒスタミン薬などが医療用医薬品として発売される予定だという。

「抗ヒスタミン薬の効き方には個人差があって、同じ薬でも副作用が強く現れる人、あまり現れない人がいます。抗ヒスタミン薬の種類は多く、医療用もあれば市販薬もある。占拠率も参考にはなりますが、自分に合った薬が見つかったら、それを続けるのが花粉症治療のコツ」(大久保医師)

 また、よく言われていることだが、やはりアレルギー反応が起こる前、つまり花粉が飛び始める前から薬を飲み始める初期治療が大事。今年の関東地方であれば、1月下旬〜2月上旬には飲み始めたほうがいい。

 なお、現在のところ点眼薬については、市販薬ではヒスタミンの脳内での占拠率が高い、つまり副作用が出やすいケトチフェン(ザジテン)しかない。ただ、医療用医薬品では占拠率の低いオロパタジン(パタノール)があるので、医師に相談してみよう。点鼻薬は抗ヒスタミン薬が効きにくいため、ステロイド薬を適宜、使っていくしかない。

 一方で、副作用が嫌で薬を飲まない人もいるだろう。

 だが、花粉症患者に実施したインターネット調査では、「花粉症の症状が睡眠に影響を及ぼす」と回答した人が76.8%、花粉症の症状により仕事や勉強に影響があったと回答した人が91.7%もいる。それに対し、薬の服用で仕事や勉強の効率が上がったと回答した人は78.6%だった。

「症状があれば、治療はしたほうがいい」と訴えるのは、事故と病気の関係を研究する滋賀医科大学教授の一杉正仁氏だ。

「症状を放置すれば、集中力が低下し、ストレスもたまる。勉学や仕事にも支障が出て成績の低下や作業効率の低下を招きます。とくに自動車運転や危険な作業をする場合、集中力の低下による不注意が何らかの事故につながる可能性もある。もちろん、マスクやゴーグルなどの花粉症対策は大事ですが、それでも治まらない症状があれば我慢せず、薬物治療を受けてほしい」

 進化する花粉症の治療薬。快適な春が送れる日は近いかも。

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