2017年2月16日木曜日

キーマン辞任!危うい「トランプ外交」の行方 フリン氏辞任で安保・外交戦略はどうなる?

 トランプ政権に綻びーー。米国で国家安全保障を担当する大統領補佐官であるマイケル・フリン氏が2月13日辞任した。大統領補佐官就任前にロシアの駐米大使とロシアへの制裁について協議した事実を、マイク・ペンス副大統領に隠していたことが問題視されていた。

 筆者は2月11日から米国に出張のために滞在しているが、フリン氏辞任のニュースは、主要メディアのみならず、比較的中立的な議会3誌も以下のような厳しい論調で伝えている(表現は各紙の記事タイトル)。

 『ポリティコ』

 ・フリン辞任はトランプ政権の問題のひとつに過ぎない

 ・誰がフリンに電話を指示したのか

 ・フリン辞任が問題ではなくトランプ政権とロシアの関係性の真実が問題

 『ザ・ヒル』

 ・これはまだ始まり

 『ロールコール』

 ・トランプは論点を変えようとしている――誰がリークしたかは論点か

ロシアとの関係改善は先延ばしに?
 こうした記事からも明らかなように、現時点のフリン氏辞任の論点は、辞任そのものではなく、トランプ政権の外交・安全保障の先行きが論点となっている。フリン氏の辞任は、トランプ政権の存続につながる問題にもなりかねないが、今回は辞任の外交・安全保障への影響を、戦略論として考察してみたい。

 トランプ大統領は、就任以前からロシアとの関係を改善させることを明言してきたが、この方針が今回の顚末を招いたとも考えられるだろう。辞任によってトランプ大統領のロシアとの関係性を追及する声も高まっているため、これまで想定してきたロシアへの制裁解除などの政策は、実行のタイミングや、内容を見直さざるを得なくなるだろう。

 イスラム国(IS)との戦いにおいてロシアと協調することによって、既成事実としてロシアとの関係性を改善していくことも選択肢として考えられる。ただし、現在の厳しい論調からすると、その選択肢も時期が延びる可能性が高いのではないだろうか。

 それでも、現在の世界情勢において最も重要な「3次方程式」(3国間の関係性)は「米国×ロシア×中国」であることは間違いないだろう。オバマ政権時、ロシアとの関係が冷戦後最悪の状況になったと指摘されていたなかで、その間にロシアは中国と接近した。通商上も、外交・安全保障上も、「3次方程式」の残りの2カ国が連携してしまうのは米国には極めて不利な展開となる。

 ロシアが共産主義色を弱め、「ロシア正教を信仰する国」としてのイメージ戦略を展開しているなかで、イデオロギーとして引き続き共産主義で中華思想の中国は、米国から見て対立構造を描きやすい相手だ。さらには貿易赤字を縮小していくうえでも最大の貿易相手国でもある。米国民を結束させるための明快な対立軸としても、通商・外交・安全保障の面においても、ロシアと接近するというのは、一流の国際ビジネスマンらしい戦略であると考えられる。

対中政策で思わぬ「誤算」
 まずは自らがロシアに接近することで、ロシアと中国の蜜月関係に入り込もうとしたトランプ大統領。しかし、対中政策において大きなミスを犯してしまった。

 トランプ大統領は就任前、台湾の蔡英文総統と電話会談を行ったが、これはトランプ政権のブレーンを務めているといわれる、親台湾派のヘリテージ財団が後押ししたものとも見られている。その際、「ひとつの中国に縛られない」という趣旨の発言をしたのである。その後、今月9日の習近平主席との電話会談では「ひとつの中国」を突如として認める軌道修正を図っている。

 「ひとつの中国に縛られない」発言は、中国との交渉上のジャブとして放ったとみられるが、中国にとってこれは絶対に受け入れられない内容である。中国の有識者の間ではトランプ大統領がこの内容を下ろさない限り2国間の戦争にもつながりかねないと危惧されていたようだ。それだけ、中国にとって台湾問題は安易に触ってはいけない「センシティブ」な問題なのである。

 筆者は現地時間14日夜、米シカゴ大学の恩師である戦略論の教授(親トランプであり、匿名を条件にコメントしてくれた)と食事を共にしていたが、同氏も「トランプ大統領が台湾を『取引材料』にしたことは、戦略論でいうと『勝利の限界点』を超えていた」と指摘する。つまりは、台湾問題は、中国にとっては完全に限界点を超えたものであり、妥協は不可能でもはや戦いを挑むしかない姿勢にさせてしまったのである。

 習近平主席との電話会談は、トランプ大統領側が準備したものと言われており、ホワイトハウスの公式発表では多くは語られていない。しかし、トランプ大統領の最側近であるバノン首席戦略官兼上級顧問が会長を務めていた極右メディア「ブライトバード」には、トランプ大統領が「ひとつの中国」を認めるという方針の軌道修正をした詳細が載っている。

 フリン氏辞任など、厳しい船出となっているトランプ政権だが、筆者は1月24日掲載の「トランプ就任演説は『超絶暗い世界観』の塊だ」において、一般選挙での集会演説のような演説を、大統領の就任演説でせざるを得なかったことに余裕のなさを感じたと論じた。また、就任演説直後から通常は紳士協定として大統領に与えられる100日間の「ハネムーン期間」もトランプ大統領には与えられない状況にあると指摘した。

いまだに閣僚人事が確定せず
 実際、元気そうに見えるトランプ大統領だが、民主党による議事妨害にはかなりのフラストレーションを感じていることを、主要メディアでは数少ない支持派であり、友人でもあるFOXニュースのキャスター、ショーン・ハニティ氏にインタビューで明かしている。

 就任から1カ月近く経とうとしているにもかかわらず、いまだに閣僚は完全に承認を受けておらず、先の安倍首相との会談の内容も抽象的なものにとどまったのは、そもそも各論を担当する閣僚が出そろっていないからだと指摘されている。しかも、大統領令を出した入国制限をめぐる議論は長期化の様相を示すなど、安全保障・外交政策は正直なところうまくいっているとは言い難い。

 さて、前述の戦略論の恩師が会話の中で強調していたのは、国家間の戦略を考えるうえで重要な概念には、「バランシング」があるということ。大国の動きによって小国も戦略を変えるが、必ずしも大国にばかりなびくわけではないということだ。先週の会談で安倍首相がトランプ大統領から歓待を受けた背景には、軍事力では決して大国ではない日本がアジアの盟友として多くのアジア諸国と親密な関係を構築してきたことが大きい。大国である中国が拳を上げようとしたとき、中国よりも大国ではないからこそ日本を支援しようと思う国が多い。そんな考えをトランプ大統領ももっていたのではないだろうか。

 トランプ大統領がロシアとの関係の良好化を遅らせることに加え、中国との外交戦略も大きく修正してきたことは日本にとっては好ましい展開ではない。もっとも、発効する可能性自体は途絶えたものの、日本が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で培ってきたアジア諸国との関係性や交渉内容はこれからの3つの大国による「3次方程式」にも大きな影響を与えることは間違いないだろう。

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