世界は、相変わらずトランプ米大統領の言動に翻弄され、一喜一憂する状態が続いている。世界中の国が「自国第一」を掲げ始めたらどうなるのか、超大国の「アメリカファースト」は今後も世界中を混乱に陥れそうだ。わずか2週間で世界は大きく変化してしまった、と言っても過言ではないだろう。
トランプ大統領登場で日本でも根幹が揺らぎ始めている
実は日本でもこれまで維持し続けてきた体制の根幹が、トランプ大統領の登場で揺らぎ始めている。これまで何があっても揺るぎなく、完璧に近い状態で管理されてきた日本国債の長期金利が突然上昇して、日本銀行がうろたえる場面が2月3日にあったのだ。
周知のように、現在の日銀の金融政策は2016年9月からスタートした「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)」を行いつつ、年間80兆円の国債買い入れと年間6兆円のETF(株価指数連動型投資信託)の買い入れなどを継続している。マイナス金利を維持しつつ、長期金利目標をゼロ%程度に設定している。
その長期金利の利率が、2月3日午前に瞬間的に0.15%まで上昇。日銀は、慌てて「指値オペ」と呼ばれる日銀が指定した利回りで、無制限に国債を買い入れるオペレーションを実施した。長期金利の指標となる10年物国債の利回りが、これ以上上がらないようにするもので、市場の金利水準より低い0.110%の利回りで、無制限に買い入れを行った。
実際に、12時半過ぎに指値オペを始めて14時過ぎには7239億円もの応札が集まった。急騰していた10年物国債の金利は0.090%まで下落。長期金利の急騰劇は終息したものの、7000億円超の資金を使って金利上昇を食い止めたわけだ。
こうした日銀の債券市場への介入は、今に始まったことではないが、ここまで日銀がなりふり構わず金利上昇を食い止めたことはなかった。なぜ、日銀はここまでして長期金利上昇を止めたのか——その背景には次のような事情がある。
長期金利上昇を止めた事情
(1)世界的な金利上昇傾向……トランプ政権の行うインフラ整備などの景気刺激策に対応して、世界中の金利が上昇傾向にあった。イールドカーブ・コントロールを実施している日銀にとっては、その方針に変更がないことを示す必要があった。
(2)トランプ米大統領の通貨安誘導発言……1月末にトランプ大統領が「日本は何年間も通貨安誘導を続けている」といった発言があったため、市場は通貨安誘導を疑われるような指値オペはしないのではないかと推測されていた。いわば、市場が日銀を試したともいえるが、日銀は断固とした態度で金利を抑えにかかったわけだ。
(3)日銀量的緩和の限界が近いという不安……日銀は、現在の量的緩和を今後も継続できるのか。長期国債の買い入れを継続させて長期金利の上昇を抑え続けられるのか。日銀がテーパリング(量的緩和の縮小)をするのではないか……。そんな不安が市場には漂っていた。そういう意味でも、日銀は断固たる姿勢を示す必要があった。
要するに、日銀や財務省が描いてきた長期国債の安定化というシナリオが、トランプ大統領の登場によって、危うくなるかもしれないというリスクを示唆したわけだ。そもそも「金利は本当にコントロールできるのか」という疑問もある。
日本国債は、10年以上にわたってひたすら高値(=低金利)を維持してきた。とりわけ、アベノミクスが始まり異次元の量的緩和がスタートしたあたりから「債券バブル」と呼ばれる状態が続いてきた。
ゼロ金利からマイナス金利へと移行し、日本の国債は超高値のまま売買されてきた。しかし、債券に限らずバブルはいずれ崩壊する可能性が高い。トランプ政権の誕生が、バブル崩壊のきっかけになるかもしれないのだ。
周知のように、国債などのソブリン債はそのときの経済情勢に合わせて金利が上がったり、下がったりする。リーマンショック直後のギリシャショックをはじめとして、イタリアやスペインの長期金利も上昇して世界を不安に陥れた。長期金利が、危険ゾーンといわれる7%を超えれば、自国の力だけでは回復不可能となり、放置すればデフォルト(債務不履行)となる。
IMF(国際通貨基金)などの資金援助が必要となり、ギリシャなどはIMFや加盟していたEU(欧州共同体)の援助を受けた。
長期国債の金利急騰は、中央銀行の信用を傷つけ、極端な通貨安や輸入インフレを招く。日本政府としては何としても避けたいが、世界でも有数の債権国である日本の金利が急騰するはずはない、といった意見も数多い。長年、論争されてきたことだが、トランプ政権の誕生はこれまでの常識を覆すかもしれない。これまでと同じロジックや常識で日本国債の金利を議論していいものか……。不透明な時代だが、いくつかの可能性について認識しておく必要があるはずだ。
トランプ政権の誕生によって、日本国債の金利が上昇する要因には何があるのか。簡単に整理しておこう。
日本国債の金利が上昇する要因
・FRBによる利上げ……米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長は、最近の講演で2019年までに年2〜3回の利上げを実施したいと述べている。早ければ、3月にも再利上げが実施される見込みだ。トランプ政権がこだわっている雇用も、実は失業率4%台で完全雇用に近く、今後さらなる金融引き締めを継続していく可能性が極めて高い。
基軸通貨である米ドルの利上げはドル高を招き、新興国ではドル資産の流失が深刻になるおそれがある。それを防ぐために世界中の金利がドル流失を回避しようと上昇傾向になる。日本にも同様に金利上昇圧力がかかる。
・金利上昇を招くトランプ政権の経済政策……トランプ政権が掲げる経済政策は、公共施設やメキシコとの壁建設といったインフラ整備、地政学リスクの上昇に合わせた軍備増強といった景気刺激策が多く、インフレを誘引するものといえる。しかも、低賃金で働いてくれる不法移民を強制送還するため、賃金上昇の原因にもつながる。インフレは金利上昇につながり、当初FRBが想定する以上に急激な利上げの可能性も出てくる。
・金融規制改革法署名で進む金融バブルの再燃?……トランプ大統領は、2月3日「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」の見直しに関する大統領令に署名した。一連のリーマンショックに至るまでの金融危機の反省から、金融危機に備えて銀行に対して自己資本増強の義務化、定期的なストレステスト、デリバティブ取引の監視強化などを盛り込んで、オバマ政権が成立させたものだ。
銀行の自己勘定取引を制限する「ボルカールール」などもドッド・フランク法に含まれる。共和党は、大統領選挙前からウォール街の意向に沿う形で見直しを宣言しており、銀行と証券会社を分離させ、少ない自己資金でレバレッジを利かせた自由な金融取引が可能になる体制に戻そうとしている。
トランプ大統領の側近には、ゴールドマンサックス出身者が数多くいて、これでまたリーマンショック以前のような、デリバティブ取引や証券会社の自己勘定部門の活発な取引が復活することになり、米国は再びバブル経済に沸く可能性が高い。米国経済のバブルは当然ながら金利高を導く。
世界の趨勢に沿って法人税引き下げる!?
・法人税引き下げ競争がスタート……トランプ大統領の公約のひとつに税制改革がある。特に、連邦法人税は現行の35%から段階的に15%にまで引き下げようとしている。さらに、EU離脱を決めた英国は、20%の法人税を17%に引き下げる方向で動いている。米英がそろって10%台の法人税を採用し"タックスヘイブン化"すれば、日本も世界の趨勢に沿って法人税引き下げに動かなくてはならなくなる。
2016年度に実効税率29.97%にまで引き下げたばかりの法人税を、さらに引き下げる必要を迫られるわけだ。当然ながら、税収が落ち込み、財政的にギリギリの状態が続く日本では、赤字国債の発行が増えて金利上昇圧力がさらに強まる。
・地政学リスクの高まりで軍備費増加へ……トランプ政権の誕生でにわかに現実味を帯びてきたのが地政学リスクだ。同盟国の首相にさえ電話会見でキレる大統領では、テロを起こした難民の国にミサイルをぶち込んでしまいそうだ。
日本でも、GDPの2%を超える防衛費の負担増が必要になり、年間5兆円の歳出増につながる可能性もある。ここでも歳出増、赤字国債の増加によって長期金利の上昇圧力が高まる。
トランプ政権の本当の狙いは、中国潰しだという報道もある。それが事実なら、日本本土も戦場になるかもしれない。日本銀行は返済の必要のない国債を大量に買い入れて、政府に防衛資金を提供する「金融ファイナンス」を実施する必要に迫られる。戦争の結果にかかわらず、貨幣価値が変わるほどの超インフレに陥るかもしれない。
日本国債の金利をめぐる懸念は、トランプ政権だけではない。詳細は省くが、アベノミクスによる異次元の量的緩和によって日銀は日本国債を買い続けてきたが、2月8日に発表された日銀の統計によると、1月末時点の国債発行残高は約894兆円、日銀の国債保有高は358兆円で、日銀国債保有比率が初めて4割を超す40.05%となった。
異次元緩和のスタート時に比べて、この4年で30%近く増えたことになる。量的緩和の内容をイールドカーブ・コントロール中心にしたとはいえ、年間80兆円の大量購入は変化していない。
いまや実質的な「金融ファイナンス」状態といわれ、国債の大半を日銀が引き受けている状況も大きな問題だ。トランプ大統領が名指しで日銀の量的緩和政策を批判してくる可能性も排除できない。
コントロールできなくなったときに何が起こるのか
問題は、実際に金利が上昇し日銀がコントロールできなくなったときだ。いったい何が起こるのか——。日本の国債市場は、長い間「完全にコントロールされている状態」が続いてきた。「いずれ管理できない日がやってくる」とは思いたくないが、可能性はゼロではない。
日本政府の財政再建への取り組みは進んでいないが、日本にとって降って湧いたようなトランプ政権の誕生は、いずれ新興国の財政破綻を招き、世界の金融危機を招く可能性もある。そんな状況の中で、日本の長期金利急騰は今後大きなリスクになるかもしれない。
日本国債の金利急騰は、日銀の信用を失墜させ円安を招く。ドッド・フランク法の見直しで、自由に取引ができるようになった投資銀行などのリスクマネーが、潤沢な資金を背景にレバレッジを効かせて、日本国債の暴落を仕掛けてくる可能性も否定できない。
とりわけ、米国の長期金利が3%を超えたとき、世界のマネーの流れが一変するといわれる。3%を超えたとき、何が起こるのか。まだ、誰にもわかってはいない。
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