2017年2月10日金曜日

富裕層はもう来ない?銀座から消えた中国人観光客の行き先

 1月28日から始まった2017年の春節は、中国から海外への出国数が前年比7%の増加の615万人だったという(中国旅游局)。日本でも、中国人観光客がもたらす消費に期待が高まり、東京・銀座も多くの店舗が中国客を待ち構えた。

 だが、期待の春節商戦も出鼻をくじかれるかたちとなった。筆者は春節期間中、銀座界隈を3回に分けて訪れてみたのだが、雰囲気は明らかに昨年とは違う。「爆買い」転じて今ではすっかり「買い控え」ムードなのだ。

 JR有楽町駅に隣接する家電量販店は例年の熱気とは打って変わり、地下1階の炊飯器コーナーには中国人らしき人影はなかった。数寄屋橋の空港型免税店は平日より客の入りはあったものの、「活気ある売り場」からは程遠い。一世を風靡した日本ブランドの化粧水も、今や競うように求める客の姿は消えてしまった。

 晴海通り沿いのドラッグの免税専用のレジカウンターで会計していたのは、たったひとりの中国人客だった。「ツーリスト専用」に別棟の化粧品売り場を設けた百貨店もあるが、そこで筆者が見たのは客待ちの従業員の姿だけだった。

 中央通りの路面店には「春節特価」などの看板を掲げ、中国人客の購買に期待を寄せる店舗も少なくなかったが、銀座の従業員も肩透かしを食らった格好だ。「中国人客は時期をずらして訪日するようになった」という声もあるが、春節期間についていえば、どの店も「手持無沙汰の従業員」が目立った。

"トランク族"はすっかり消え目に付く「手ぶら」の客
 中国人客は確かに銀座に訪れてはいるものの、道を行き交う中国人観光客の数も観光バスの数も、春節中は例年に比べて明らかに減った。しかも、集合時間に戻ってくる中国人客は皆、示し合わせたかのように「手ぶら」である。家電製品はいうまでもなく、大きな買い物袋を3つも4つも——という昨年までの姿はほとんど見られない。

 たまに大きな袋を提げる中国人客とすれ違ったが、提げているのはユニクロかGUがほとんどだ。2016年には多くの中国人客がトランクを引っ張りながら「銀ブラ」をしていたものだったが、その"トランク族"もすっかり消えてしまった。

 円安や中国の関税強化を原因に急失速する"爆買い"、この急変が直撃するのは、免税店大手のラオックスだ。2015年4月に3万9000円を超えた平均顧客単価は、2016年第4四半期には2万円を割り込み、過去2年で最低の水準となった。

 昨年の春節、ラオックス銀座店の1階フロアでは、1億3000万円の赤サンゴをはじめ、豪華な宝飾品が展示されていたが、今年そのフロアに現れたのは"ドラッグストア的品揃え"の商品群だった。2階には高級時計や南部鉄器が陳列されているが、これに見入る客は決して多くはない。爆買いの影響で価格が急騰した南部鉄器も、ついにそのブームが終わったようだ。

モノ消費からコト消費へ訪日の客層が変わる
 こうした変化について日本の専門家たちは「モノ消費からコト消費への推移だ」とコメントする。中国人客の訪問先は、東京や大阪などの「大消費地」から地方都市へと変化し、その内容も日本の伝統文化体験など知的好奇心をくすぐる商品にシフトしているという。

 その一方で注目したいのが「客層の変化」だ。「買い控えは客層の変化によるものでは」という声もあり、筆者もこれを実感している。ここでこんなエピソードを紹介したい。

 昨年12月初旬、春節シーズンを前に上海の友人の郭(仮名)夫妻がクルーズ船で日本を訪れた。上海−博多−釜山をめぐる4泊5日の船旅である。年金生活を送る「切り詰め型」の郭夫妻の台所事情を知る筆者からすると、ずいぶん思い切った決断のようにも思えた。

 そこで、どういった経緯でこのツアーに参加したのかと尋ねてみた。

「参加費が激安だったのよ。ツアー料金は4泊5日で一人2000元(約3万2000円)。この予算で2ヵ国も回れるのだからお値打ちでしょう!」

 このツアーは、郭さんが住む町内で募集がかけられた商品だった。郭さんは上海市内から西に延びる高速道路沿いの庶民向け集合住宅に住んでいる。このツアーは言ってみれば、「町内会の慰安旅行」のような感じで、郭さんの話からは、同じような生活レベルの世帯、同じような年齢の参加者が集まったことが伺える。

 このツアーで何を買ったのかと尋ねると、郭さんは「何も買わなかった」と答える。「上海でも買えるものばかりだから」というのが主な理由だったが、釜山旅行の目玉である「免税品店でのショッピング」も、もっぱら冷やかしだったようだ。工場労働者として"生涯節約を通して生きてきた世代"には、強い物欲もない。

「船の中は熟年層が目立った」ともいうが、ともあれ、初老夫婦にとってクルーズ船は移動も少なく、快適な船旅となったようだ。

富裕層はもう日本に来ない?今後のメイン層は一般庶民
 2015年、中国からの訪日客が団体旅行を利用する割合は50%弱にまで減った。これに代わって個人旅行が50%強にまで増えたといわれている(在上海日本国総領事館)。旅のスタイルが個人旅行にシフトする一方で、旅行商品も「低額化」する傾向だ。海外旅行に憧れる新たな"予備軍"たちが「格安ツアー」にアンテナを張るという傾向は、いっそう強くなってきている。

 今年の春節を前に、中国では3泊4日で2990元(約4万8000円)という破格の訪日フリーツアーが販売された。このツアーを企画した中国の旅行社は、発売の経緯について次のように明かしている。

「中国人に発給される日本の観光ビザの要件に『年収25万人民元以上』というハードルがありますが、今回はそのギリギリのラインにいる『年収25万元の中国人』をターゲットに企画したのです。年収が25万元(約400万円)あれば、少なくとも3000元程度の預金があり、旅行商品が購入できると目論んだのです」

 富裕層やアッパーミドルを中心とした訪日客はすでに一巡し、一服感が出始めた。新たな訪日旅行者を掘り起こすには、さらにハードルを下げなければならないというわけだ。この「格安ツアー商品」が告げるのは、"訪日客の顔ぶれの変化"である。

 日本のインバウンドビジネスにおける先駆者である唐輝(仮名)氏は、中国からの訪日中国人客の動向を次のように分析する。

「この数年で北京や上海などの沿海部の富裕層は、たいていの人がすでに日本を訪れ、欲しいと思うものを買い尽くしました。これからは訪日するのは中間層よりも下の一般庶民になるでしょう」

 中国人客の訪日旅行、その変化は目まぐるしい。振り返れば2000年代、日本行きのツアーといえば「5泊6日4000元」が定番だった。1万元を超える高額ツアーが売れ始めたのは2010年を過ぎたあたりから。そして今、「6000元を超えるツアーは売れなくなった」(前出の旅行社)。高額品が売れた「爆買いバブル」の次に待ち構えるのは、またしても「安さ勝負」の市場なのだろうか。

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