2018年6月20日水曜日

日銀緩和出口に立ちふさがる政治と為替問題=植野大作氏

黒田日銀の2期目が始まり約2カ月半が経つ。金融政策は相変わらず「現状維持」の連続だが、長短金利操作による異例の低金利が長期化する中、地域金融機関の経営圧迫、年金生保の運用利回り低迷など、さまざまな副作用への懸念も高まっている。

黒田東彦総裁ら最近の日銀関係者の発言には、具体的な時期は特定しないまでも、政策調整の可能性を示唆していると解釈できるものも混じり始めており、将来どこかで始まる金融政策正常化の時期や手法に関する議論が活発化している。以下、この問題について考察したい。

<「永田町・霞が関との対話」に支障来す恐れ>

結論から先に述べておく。一部に根強い日銀による金融緩和の修正観測は、現時点では時期尚早の感が強い。現在、日本の消費者物価上昇率は、生鮮食品を除くコア指数で前年比プラス0.7%と物価目標2%の半分にも及ばない水準で低迷している。

このような状況下、日銀が今すぐ金融緩和の出口に向かい始めたら、言行不一致の政策運営に対する疑心暗鬼が市場に渦を巻くだろう。その後の「市場との対話」に支障を来すのはもちろん、「アベノミクス推し」勢力が主流派になっている「永田町・霞が関との対話」にも不協和音が混入する可能性が高い。

アンチ・リフレ派の論客を中心に、「日銀が掲げる2%の物価目標は無理筋だ」との指摘が相次いでいるのは事実だが、それを認めて現実的な水準に目標を下げることなく、金融政策だけを変更した場合、日銀の政策に対する市場の期待形成が不安定化しそうだ。結果的に「期待に働き掛ける」経路を通じた金融政策の有効性は一段と低下するだろう。

よって、日銀が比較的早期の政策調整に動くつもりなら、現在掲げている「物価目標2%」を元の水準だった「1%程度」に戻してから異次元緩和の一部を巻き戻すのが、政策の順番として筋が通っている。

ただ、その際に問題になりそうなのが、2013年1月に日銀と政府が合意して発表した「共同声明」の存在だ。「物価目標2%への引き上げ」を公約に掲げて2012年12月の総選挙で大勝した自民党の安倍晋三総裁は、日銀が応じないなら「日銀法を変更する」と明言。思わぬ政治環境の急変に慌てた白川方明日銀総裁(当時)が急きょ自民党本部に出向いて総理就任前の安倍総裁と面談を持つ、という珍しい光景が目撃された。

その後、年明け後に公表された内閣府、財務省、日銀による「共同声明」の内容を見ると、第2項に「日本銀行は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」と明記されており、「これをできるだけ早期に実現することを目指す」との文言が続いている。

当然だが、この文書を書き換えるには政府の同意が必要だ。現在、日銀の一存だけで物価目標を2%から引き下げたり、「中長期の目標」という表現に変更したりするのが難しい仕組みになっている。

ちなみに、同文書の第4項には、物価安定の目標に照らした物価の現状と見通しについて定期的に検証を行う機能を、首相が議長を務め、財務相、官房長官、内閣府特命大臣、日銀総裁らも参加している経済財政諮問会議に付与することも明記されている。

最近の慣例として、同会議では年4回、「金融政策、物価等に関する集中審議」が行われている。今年2月に黒田議員は2%の物価目標未達の現状を認めて現在の金融政策を続けると発言。安倍議長は前回2014年の消費増税後に観測された景気の落ち込みを踏まえ、2019年10月の税率引き上げ後の景気悪化に備える具体策の準備を指示している。

続く5月の会議では、黒田日銀2期目の初日となる4月9日に上記5人が官邸に集まり、「共同声明」を「このままの形」で堅持すると確認したことについて、茂木敏充議員が念を押していたほか、安倍議長も日銀に対して「共同声明に従って物価安定の目標に向けて努力されることを期待している」と述べている。

金融政策の独立性という観点から見て、このような状況が適切なのか議論の余地はある。ただ、「安倍内閣の任命比率100%」の日銀会合は2017年7月に審議委員2人が入れ替わった時点で完成しており、今年3月に国会で承認された黒田総裁の続投および新任副総裁2人の人事を経て、「金融緩和の出口をひとまず封印する」という政府の意向は、非常に分かりやすい人選によって一段と市場や政財界に浸透した感もある。

いわゆる「アベノミクス推進派」の政治家によって現在の内閣府や経済閣僚のポストが占められている現状も加味すると、今すぐに日銀が政府との軋轢のない状態で物価目標の水準や位置付けを変更して金融緩和の出口に向かえる環境が整う可能性は低い。

このような状況下、もしも日銀が比較的早期の政策調整に動く気なら、物価目標を2%に据え置いたまま、現行政策の副作用軽減の必要性を政府に訴え、十分な根回しを行った上で、政策の舵取りに柔軟性を持たせる方針に切り替えるしかないだろう。

<ユーロ高招いたドラギECB総裁発言の教訓>

ただ、そのような政策変更に踏み切る際の桎梏(しっこく)になりそうなのが「為替の反応」だ。2017年6月にドラギ欧州中銀(ECB)総裁が金融緩和の出口に前向きな発言をしただけでユーロ高が加速した先例があったように、この先どこかで日銀が金融緩和の出口を市場に織り込ませ始めた暁には、相応の速度と値幅で円高が進む可能性を覚悟する必要がある。

あくまで私見だが、将来いずれかの時点で日銀が金融緩和を巻き戻し始める際には、米国の金利が十分に上昇して今より為替が円安に振れているなどの条件が整い、日銀緩和の出口稼働で多少円高に振れても永田町界隈のリフレ派や本邦の株式市場関係者から極端なクレームが出ない程度の円安方向への糊代(のりしろ)が必要なのではなかろうか。

為替が1ドル=110円前後を徘徊しているような状況で、もしも日銀執行部の要人が金融緩和の巻き戻しを示唆する発言を連発したり、実際に踏み切ったりすると、すぐに100円割れの円高進行を招いて物価目標2%の達成時期が一段と遠のきかねない。

結果的に、その後に日銀が金融緩和の再開に追い込まれたなら、余計な回り道をした分だけ、異次元緩和の期間は長期化、早めに副作用を減じるつもりで行った政策変更が裏目に出かねない。現下の局面では、日銀緩和のサポーターである政府との二人三脚でアンチ・リフレ派の批判にじっと耐え、「急がば回れ」の現状維持を続けるのが無難だろう。

いずれにしろ、黒田日銀2期目の任期は、まだ5年近く残っている。経済財政諮問会議の安倍議長が2019年10月に予定されている消費増税後の景気に懸念を示している点を勘案すると、税率アップ後に想定される景気下振れ局面からの回復力を見極めるまで、日銀が金融緩和の見直しに動くのは政治的に見て難しいだろう。

消費増税に伴い景気が落ち込む2019年10—12月期からの立ち直り具合を見極めるには、少なくとも半年程度の様子見が必要だ。指標の発表までに要する約1カ月半程度の「認知のラグ」も加味すると、日銀緩和の出口戦略の稼働は、早くても2020年の夏ごろになりそうだ。

現在日銀が採用している異例の金融緩和は、いつまでも続けられる政策ではない。物価目標2%の実現はまだ視野に入ってこないが、この先、「達成」による円滑な大団円を迎えるのか、「未達」のまま時間切れが近づき波乱の出口が待っているのか、結論が出るのはまだ少し先になりそうだ。結末読みは至難だが、今後の為替の動きが鍵を握るだろう。

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