2018年6月25日月曜日

AIの導入、医師の仕事は3つ残る 厚生労働省 医務技監 鈴木康裕氏 × 武藤真祐

厚生労働省が2017年7月に新設した事務次官級のポストである医務技監。診療報酬改定からAI(人工知能)導入後の医師の在り方まで、幅広い話題について初代・医務技監を務める鈴木康裕氏と対談した。(編集部)

武藤 2018年度診療報酬・介護報酬改定が終わりました。鈴木技監は、これまでもさまざまな立場で報酬改定にかかわってきたかと思いますが、今回の改定で注目すべきポイントはどこだとお考えですか。

鈴木 ポイントは3つあります。第1は、急性期などの「入院医療」です。これまでの制度では入院患者7人を看護師1人が看る、いわゆる7対1がベースでした。しかし、このやり方では看護師の配置に応じて診療報酬が支払われるため、入院患者の重症度などが評価されておらず「本当に適切か」という議論がありました。

右が厚生労働省 医務技監の鈴木康裕氏(写真:栗原克己、以下同)

 ドナベディアンが提唱した医療の質評価の枠組みである「構造(ストラクチャー)」「過程(プロセス)」「結果(アウトカム)」に置き換えるならば、ストラクチャーのみが重視されていたといえるでしょう。そこで今回はプロセスやアウトカムも重視すべきと考え、新たに「10対1」をベースにしつつ、重症度や医療・介護必要度も評価するような仕組みを取り入れたのです。

 第2は、あまり着目されていませんが「医療機器」に関連する部分です。重粒子線がん治療や陽子線治療、手術支援ロボット「da Vinci(ダビンチ)」など、近年は最新の医療機器を利用した治療方法がいくつも登場しています。しかし、これまでは機器の購入費などを含むコストに応じて診療報酬が決められていたため、治療費が高額になる傾向にありました。

 その点を踏まえ、今回からはコストではなく患者が得られる価値に基づいて評価するように改定しました。これはあくまでイメージですが、例えばダビンチの価値が腹腔鏡手術よりも優れていれば高い評価になり、変わらなければ同じ点数にはなるという考え方です。方向性としては、費用対効果を基準にしたやり方だと考えています。

 第3は、医療機関の「経営における視点」です。我々はこれまで、医療機関の経営を考えるとき「増収」を主眼に置いて診療報酬を設定してきました。ただ、その結果生じたのは、収入とともに人件費なども増えて利幅が減る「増収減益」でした。そこで今回は増収にこだわらず、極力コストを削減して利幅を増やす「増益」を主眼としました。これら3つのパラダイムシフトが、今回の改定を契機に今後ますます拡大していくと思っています。

武藤 この3つの中で、実現に最も苦労したのはどれだったのでしょうか。

鈴木 やはり、第1の点でしょうか。特に、看護師の配置ではなく重症度で評価するという点で、不安になった人もいたようです。例えば、重症度は病院でも常に一定ではないため、「収入が変動してしまうのか」といった声はありました。もちろん、今後もさまざまな試行錯誤が必要だと考えています。

「次世代医療基盤法」成功のカギは…

武藤 今回の改定では、「オンライン診療料」「オンライン医学管理料」が新設されました。この分野についてはどう見ていますか。

鈴木 いわゆる遠隔医療には大きく2つあります。1つは、医師と医師をつなぐ「DtoD(Doctor to Doctor)」。例えば、離島などの医師が放射線画像を遠方の専門家に見てもらうといった使い方があります。専門医不足や今後の労働人口の減少などを踏まえれば、これは必ず取り組むべきだと思います。

 もう一つは、医師と患者をつなぐ「DtoP(Doctor to Patient)」。これには2種類あり、まずはウエアラブルデバイスなどを活用した「モニタリング」です。患者の血圧や血糖値などを日常的に取得できるようになれば、そのデータを基にして、医師がより正確な医薬品の処方や生活習慣の改善指導を行うことが期待できます。こうした活用は、ぜひ積極的に進んでほしいと考えます。

 そして、ICTを活用して問診などを実施するもの。オンライン診療というと、真っ先にイメージするのはこのスタイルだと思いますが、これについては今回の改定で一部が保険診療の対象になりましたが、まだこれから幾つもの議論を深めていく必要があります。

武藤 患者個人の健康情報を取得できるモニタリングは、患者のパーソナルな情報を基に個人レベルでの適切な医療を提供するプレシジョン・メディシン(Precision Medicine)には不可欠ですから、そのような利用の促進は私も賛成です。これは、今後の医療・介護分野におけるビッグデータ活用にもつながっていくわけですが、そのベースになるであろう健康・医療・介護のビッグデータを連結した「保健医療データプラットフォーム」構想について、改めて教えてください。

鈴木 保健医療データプラットフォームについては、2020年度の本格運用開始に向けた議論が厚生労働省で既に始まっています。保健医療データプラットフォームに近い仕組みとして、レセプト情報やカルテ情報、調剤情報、健診情報、介護情報などを閲覧できるようなシステムは、各自治体と事業者で既に250ほど作られていますが、これらのシステムには幾つかの課題があります。

 例えば、このようなシステムを作っても、実際に稼働を続けているのは6割程度しかないという現状があります。これは、運用開始当初こそ省庁からの補助金などがあったため支障はなかったのですが、その補助金がなくなってしまうと運用できないという状況に陥ってるのが大きな理由です。また、独自システムで構成されているケースもあるため、その自治体の範囲外ではまったく利用できないという点も挙げられます。データを有効活用するのであれば、全国どこででも利用できるような仕組みでなければいけないのではないでしょうか。

 データ活用という意味では、データを匿名加工して幅広い分野で円滑に利活用する「次世代医療基盤法」も、保健医療データプラットフォームに大きくかかわってくる取り組みの1つです。次世代医療基盤法において、成功のカギを握るのは「ビジネスモデルが成り立っているか」という点だと考えます。匿名データの活用が圧倒的な広がりをみせるためには、創薬への利用や保険事業への展開など、しっかりとしたビジネスモデルの確立が不可欠でしょう。

 これに加えて、セキュリティーとプライバシーについても、万全の対策を取る必要があります。これは医療業界に限った話ではありませんが、そういった対応を取らないと、どこかで必ず問題が出てきます。個人が特定できない通常の疾患データであれば大丈夫だと思いますが、遺伝性の疾患などでは人物が同定できてしまう可能性も否定できないだけに、慎重を期する必要があるでしょう。

医療業界でも相当な省力化が必要に

武藤 その点は、私もまったく同じ意見です。結局のところ、多くの人が頭を抱えているのは、セキュリティーなどの問題も含めて、「病院が提供したデータを価値あるものに変え、それを企業などが購入し、その対価を病院が受け取る」という仕組みを本当に実現できるのか、ということでしょう。

鈴木 個人的にその実現の可能性を示していると感じているのが、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が展開する「医療情報データベース(MID-NET)」です。MID-NETは次世代医療基盤法が成立する前に作られたものなので、基本的にはデータは病院内にとどまって,その分析結果が集められるわけですが、これをもう一歩進めて記名式データまで集められるようになれば、製薬会社などにとってはより有益なものになると考えます。

武藤 今後の医療の将来像についてはどのようにお考えですか。

鈴木 2025年には団塊の世代が75歳を迎え(いわゆる2025年問題)、そこからおそらく5~10年が日本医療のピークだと考えています。その後は、高齢者数も減少傾向になっていきます。そのときには労働人口も大きく減少しており、医療業界でも相当な省力化が求められるはずです。また、働きやすい環境でなければ医師も集まらなくなりますから、いま注目を浴びている「働き方改革」も当然必要となるでしょう。

 高額になりがちな先進技術を適正価格にする努力も必要です。データベースの活用などは、その一翼を担ってくれると考えています。そしてもう一つ、私が非常に画期的だと思っているのは「条件付き早期承認制度」です。この制度は再生医療で既に導入されていますが、その結果、日本の再生医療製品のパイプラインは、米国や欧州のベンチャーも日本に進出してきたことで約15倍に増えました。現在はこの制度を医療機器と一部の医薬品にも広げており、さらなる活用を模索しています。

 例えば、条件付き早期承認制度で多くのデータを集められれば、そこから本承認への道筋を付けやすくなります。さらに、このデータをMID-NETのようなシステムと連携させることで、創薬にも活用されることが見込まれます。これによって、新薬の価格も抑えられる可能性があります。費用対効果なども分析しながら、一般の製薬企業や医療機器開発企業のコストやリスクを下げ、どうやってお互いにWin-Winの状況を作り出すことができるのか。そこが一番大事だと感じています。

周辺産業に携わる医師は増加する

武藤 確かに、医療を必要とする人の数は、近い将来減少していくことになるでしょう。となると、2025年以降は医師の数も減っていくとお考えですか。

鈴木 今後、AIやロボットがさらに進化して医療に導入された場合、医師の仕事の質が根本的に変わるため、直接急性期の医療に携わる医師の数は減っていくと想定できます。しかし、医療に導入されるAIやロボットのシステムを作るためには、エンジニアだけでなく医師もかかわっていく必要があります。そういった需要を踏まえると、いわゆる臨床に携わる医師は減ると思いますが、逆に周辺の産業に携わる医師は大きく増加すると見ています。

武藤 AIなどによって「医師の仕事の質が根本的に変わる」というのは的を射てますし、興味深い話です。業務の効率化という意味でも、AIはさらに加速すると私も思います。では、そういった世界が実現したとき、医師の仕事には何が残ると思いますか。

鈴木 AIの現状を踏まえて考えると、患者を「分析する」、患者を「説得する」、患者に対して「責任を取る」の3つが残ると思います。これらはどれも機械では難しいからです。もちろん、100年や200年後の世界では可能かもしれませんが、少なくとも当面は医師がやる必要があるでしょう。

武藤 確かに、患者に対する責任を最重要とするならば、医師は自分で患者を説得したいはずですし、そのためには当然自分で患者を分析して決定することになるでしょう。そう考えれば、医師の気持ちから見ても「分析する」「説得する」「責任を取る」は3つセットになるのかもしれませんね。

2020年度診療報酬改定は…

武藤 では最後に、次回の2020年度診療報酬改定についてお聞かせください。

鈴木 2025年問題は非常に重要なポイントで、日本医療のピークを迎えるその後のことを考えると、直前の2024年はある意味で改定の本丸だと私は考えています。イメージとしては、2012年改定がホップ、今回2018年改定がステップ、そして2024年改定がジャンプといった感じでしょうか。今後は2024年に向けて、2020年と2022年でどう舵を切っていくかが大切だと感じています。

 これは実現可能かどうかは分かりませんが、従来の出来高払いを変更し、例えば糖尿病の管理であれば「HbA1cを一定の値に抑える」といった成功に対して報酬を支払うというやり方もあるでしょう。その代わり、それを誰が実現しても構わない。医師でも保健師でも栄養士でもいいというやり方も、イノベーションとしてはあり得ると思っています。私はこれを「医師の裁量権の拡大」だと解釈しています。一つひとつの行為が評価されるのではなく、医師のマネジメント能力や判断力が試されるということです。

武藤 「医師の裁量権の拡大」は非常に印象的な言葉です。そうなると、ある意味ではチーム医療がより大きな役割を担っていくといえそうですし、ICT活用の必要性が増すかもしれません。医療業界に新しいイノベーションが起きることを期待してします。

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