米Microsoftと米小売最大手のWalmartは7月17日(現地時間)、小売分野でデジタルイノベーションを加速するため、5年間の戦略的提携を結ぶと発表した。WalmartがMicrosoftの提供する最新ツールやクラウド、AI(機械学習)技術を使って自社の業務改善の他、Eコマース分野での協業など、デジタル技術において比較的広範囲に及ぶ。
これは先日、「MicrosoftがAmazon Goに対抗しようとする理由」という記事でも触れた、Microsoftによる「レジなし店舗技術」の延長のようなものだと当初筆者は考えていた。Microsoftがリアル店舗での協業相手としてWalmartをターゲットの1社に選んでいたと報じられていたためだが、実際には市場での競合を巡る、より深い理由があるようだ。
WalmartがMicrosoftと提携しても譲れないもの
今回の協業では、Walmartは「Microsoft Azure」と「Microsoft 365」を含むクラウドソリューションを広範囲に利用し、同社ならびに関連ブランドでのIT業務を標準化する。
これに伴い、両社の技術者らが協調して既存アプリケーションのAzure対応を進める。同様に、walmart.comやsamsclub.comのEコマースサイトのシステムも大部分をAzureへと移行し、米国内外でのシステムの競争力強化を図っていく。サプライチェーンの改善では機械学習を使うことでエネルギーの効率利用を実現し、Microsoft 365の業務への適用でコラボレーションツールをさらに活用していく。
つまり、「Walmartやグループ内企業でMicrosoftの最新クラウド製品を本格導入することにしました」というわけだが、関連情報を調べる限りは「どのような分野にどの製品を導入したのか」という話よりも、「なぜWalmartがMicrosoftとこのような契約を行ったのか」の背景の方が興味深いようだ。
これを端的に示しているのが、米The Wall Street Journal(WSJ)が6月21日に報じた記事だ。それによれば、WalmartはITソリューションを同社に提供するパートナー企業に対し、米Amazon.comのWebサービス、つまり「AWS(Amazon Web Services)」を使わないよう強要しているという。
例えば、その1社であるデータウェアハウス(DWH)関連のソリューションを提供するSnowflake Computingでは、Walmart側からそうした要請があり、その結果としてMicrosoftのAzure上でサービスを走らせる必要があったことを同社のボブ・マグリアCEOが認めているようだ。
なお、マグリア氏は2011年までMicrosoftに在籍しており、当時CEOだったスティーブ・バルマー氏の下でWindows Serverやエンタープライズ向けアプリケーション製品を統括するトップとして活動していた人物だ。
同様の動きは他の大規模小売店にも広がっており、ビデオゲーム販売店のGameStopのように引き続きAWSを使う企業がある一方で、事実上のAmazon締め出しを目的とした包囲網が構築されているという。
その意図は「小売分野で競合となるライバル企業に一切の利益を与えない」という方針によるもので、Amazonにとって営業利益の源泉となっているAWSの影響力を削ぐことにある。
営業利益率で2%前後の超低空飛行経営を続けるAmazonだが、利益率の高いAWS事業を除外すれば、その利益率はさらに低下するため、その調整弁となっていた顧客還元や研究開発投資への勢いを削ぐことで、結果的にAmazonの競争力を下げるという目算だ。
もっとも、これで削げる競争力は微々たるものだとは思うが、単純に「ライバルに少しでも利する行為はしたくない」ということなのだろう。
だが、いくら小売最大手で研究開発に投資する予算が大きいとはいえ、既にクラウドサービスでは業界最大手になっているAmazonにWalmartが正面からぶつかるのは分が悪い。Amazonは一連のITやサプライチェーンにおける投資の本質として「データの収集と最適化」を目指している。
WSJによれば、Walmart自身も対抗のために独自のクラウド運用を進めていたようだが、2016年に買収したEコマースサイト運営の米Jet.comを通じ、同サイトで利用していた「Azure」という外部サービスの世界に触れたようだ。
恐らくは、今回の提携もAmazonの伸長を横目に見つつ、より素早く変化に対応するためのアジャイル開発体制が重要になることをMicrosoftとの新しい関係を経て学び、関係構築へと至ったのだろう。
Amazon対抗という意味で協業相手を探したとき、「選択肢がMicrosoftしか存在しない」という理由もあるだろう。クラウドサービスの世界ではAWSが抜きん出たトップであり、2位以下は頭1つ飛び出たMicrosoftを除けば、Googleなどを含め競合がひしめき合っている。この状況を見る限り、やはりMicrosoftを選ぶというのは当然な判断かもしれない。
一方で、Walmart自身は「コア」技術までMicrosoftに全てを委ねる気はないようだ。こちらもやはりWSJが報じているが、例えば「レジなし店舗」はWalmartの独自開発で進められていると、Jet.comの創業者でもあるWalmartの米国Eコマース事業担当のマーク・ロア氏が述べているという。
米Reutersは6月に「MicrosoftがWalmartを含む世界の小売関係者に(レジなし店舗の)技術を売り込んでいる」と報じたが、少なくともWalmartはこの申し出を断っているようだ。
これは、「どこが自社のコアビジネスで、どのような技術を自社でも持たなければならないのか」という視点で小売各社が判断をしている部分であり、それぞれの戦略が見えてくるようで興味深い。
成長市場にシフトしつつあるWalmart
Walmartといえば6月12日(日本時間)に、日本の子会社である西友の売却に向けて大手小売や投資会社との交渉を進めていると日本経済新聞電子版が報じて話題となった。その後、Walmartはこれを否定するコメントを出したが、恐らく買収価格の交渉で折り合いがつかず、当面は安売りするよりは抱え込んでいた方がメリットがあると判断したのだと筆者は考えている。
Walmartにとっては、労働人口の減少で売上増が期待しにくい日本より、人口が増え続けて需要も期待できる中国や東南アジア方面にリソースを集中した方がいいと判断してもおかしくない。
実際、Walmartは世界での現地戦略を適時整理しており、最近は英国での活動母体だったスーパーマーケットのAsdaをライバルのSainsburyに売却した一方で、インドのEコマース事業者であるFlipkartをソフトバンクから株を買い取る形で買収するなど、成長市場にシフトしつつある様子がうかがえる。
2018年1月に米ニューヨークで開催された全米小売協会(National Retail Federation:NRF)の展示会「Retail's Big Show」にて、Walmartプレジデント兼CEOのダグ・マクミロン氏が世界戦略について興味深い話をしていた。
「先進国でも途上国でも、つまるところ"安価で便利に商品を購入したい"という欲求に違いはないというのは、世界展開の中で学んだことだ。先日中国のある家庭に滞在中、女性が折りたたみ携帯でSMSを送信したところ、配達人が3つのきれいなトマトを木製のリヤカーで運んできた場面に遭遇した。方法は違えど、その国や地域に適した形で、より便利で安価な手段で小売の世界が存在している」と同氏は語る。
重要なのは一元的な手段を広域展開するのではなく、その地域に根ざした戦略が存在するというのだろう。
ビル・ゲイツ vs. ジェフ・ベゾス
一方でスケールを武器に拡大を続けてきたAmazonだが、この先どのようにさらなる拡大を続けていくのだろうか。7月16日にスタートした同社の一大セールイベント「Prime Day」では、米国でサイトがダウンするといったトラブルに見舞われるほど盛況だったようだ。
CNBCによれば、Amazon.com(AMZN)の株価は7月16日に過去最高となる1841.95ドルを記録。同社株を持つジェフ・ベゾスCEOの手持ち資産が1500億ドルを突破し、歴史上最大の富豪となった。これは、1999年に米Microsoft共同創業者であるビル・ゲイツ氏が1000億ドル(現在の価値に変換して1490億ドル)に達した水準を上回るものだという。
7月16日の米Amazon.com(AMZN)の株価の動き(出典:Google Finance)
ここでもMicrosoft vs. Amazonという象徴的な構図を描き出しているが、小売分野で拡大しつつある両社の勝負の行方はどこに向かうのだろうか。
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