6月15日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)の原案は、外国人労働者の受け入れに関して、日本の門戸開放政策への切り替えを意味する大きな政策転換だと思う。実質的に外国人単純労働者の受け入れに踏み切った新しい在留資格が設けられ、外国人労働者の流入拡大を容認する方針が示されたからだ。
50万人超の受け入れ増が見込まれるので、海外メディアは「外国人労働者の受け入れに関し、専門職に限定していた従来からの方針を事実上、大幅に転換することになる」と報じた。
今回、単純労働に従事する外国人労働者の受け入れを考えているのは農業、介護、建設、宿泊、造船の5業種に限定されているが、やがて拡大されていくだろうと容易に想像がつく。
「研修生」という名の下に
外国人労働力を受け入れた歴史
これまで日本社会は頑なに外国人単純労働者の導入に反対し、外国人移民の受け入れにも激しく抵抗していた。しかし、少子高齢化と人口減で日本の労働人口は減少している。日常的な経済運営などに欠かせない人手を確保するために、日本の進んだ技能、技術又は知識を開発途上地域へ移転し、それらの地域の経済発展を担う「人づくり」に寄与するという美しい名目で、1993年から廉価な労働力としての「外国人研修生」を海外から受け入れている。
研修生という名目の下、労基法の網の目をくぐるような違法人材派遣現象がさまざまな製造現場で見られた。1998年には私も、時給300円で働かされている外国人研修生の実態を報じ、違法な人材派遣を行っている団体の経営者が逮捕され、有罪判決が下された。詳しくは『外国人研修生 時給300円の労働者—壊れる人権と労働基準』(明石書店)を参照されたい。
10年後の2008年には、私はさらに外国人研修生の労働現場にメスを入れ、中国の派遣会社と日本の受け入れ側の会社の問題を抉り出してみた。こちらは『劣悪な労働環境に悲鳴続出!外国人研修生の「現代版女工哀史」』をご覧いただきたい。
その記事で取り上げた中国人女性たちは、日本の「外国人研修・技能実習制度」に応募し、2005年12月に研修生として来日。書類上は「日本で最先端の縫製技術を学ぶこと」となっていた。配属された「テクノクリーン」というクリーニング会社も、同制度の対象職種である「婦人子供服製造」の会社として、監督機関であるJITCO(国際研修協力機構)に中国人研修生の受け入れを申請し、彼女たちを"縫製要員"として受け入れていた。
しかし、実際に彼女らに与えられた仕事は、作業服や作業靴の洗浄などのクリーニング業務ばかり。縫製作業などは一切なかった。つまり「偽装研修」だった。過酷な労働環境に耐えきれなかった彼女たちが逃亡したため、基本給わずか5万円で15時間も働かせられていたという呆れ果てた偽装研修の実態が、ようやく世間にさらされたのだ。
2010年7月1日には,外国人研修生の技能実習制度が改正・施行された。在留資格として「技能実習」を創設、ようやく最初の年から研修生の労働性を認め、以降 3 年間にわたって労基法の適用を認める方向で法改正を行った。外国人研修生という名前も労基法に適用する外国人技能実習生へと変わった。しかし、抜本的な改善は見られなかった。
こうした実質的な外国人労働者の受け入れ実態と歩みを振り返りながら、私は今回閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」で、外国人労働者の受け入れ政策が門戸開放へと切り替わったと受け止めたのである。
外国人「労働力」は欲しいが
「労働者」を受け入れる覚悟がない
日本は労働人口の減少で経済成長を維持できず、財政も破綻する可能性が高まっている。だから安倍晋三首相も、「人手不足が深刻化しているため、一定の専門性、技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを早急に構築する必要がある」と指摘せざるを得なくなったのだ。
ただ、外国人労働者を必要としているのは、農業、介護などの5業種だけではなく、医療、サービス業、製造業など多くの業種も働き手を求めている。例えば、7月5日にプレジデントオンラインに掲載された『なぜ東京の「名門病院」が赤字に陥るのか』という記事でも、経営困難な病院の救済措置として、「アジア圏からドクターや看護師を受け入れるのも有効な手段」で、「放射線科医であれば患者に接する機会はほとんどないから、言語の壁もない。日本人と同じ待遇でそれ以上に働いてくれれば、コストは下がる」と提案している。
他のメディアも「警備業界などさまざまな業界から、要望が来ている」という与党関係者の発言を報じている。外国人労働者の受け入れが認められる対象業種のさらなる拡大も、もはや視野に入れないといけないところまで来ている。現在すでに68業種で受け入れを認めている外国人技能実習制度の対象業種を考えれば、その必然性が理解できる。
日本では現在、約128万人の外国人が働いている(厚生労働省調べ、2017年10月末時点)。実態はもっと多くの外国人が働いているはずだ。法務省の統計では、2017年末時点で日本に滞在する外国人は256万人となっており、このうち27万人が技能実習である。また留学生も31万人ほどいるが、かなりの数の留学生がコンビニや飲食店などで単純労働に従事している。一方、2018年1月1日現在の不法残留者数は前年比1.9%増の6万6498人で、4年連続の増加を記録している。これらの不法残留者のほとんどが不法就労者と見ていい。
しかし、これまで移民は受け入れないスタンスだったため、日本社会全体では、まだ外国人労働者を受け入れる精神的、物質的コンセンサスができておらず、そのインフラもできていない。例えば、日本は外国人労働者の滞在を、家族帯同のない出稼ぎの形態として想定している。専門分野の資格試験に合格するなど専門性を有すると認められれば、在留期限を撤廃し、家族を伴う滞在形態も認める方向だ。
分かりやすく言えば、日本が一番求めたいのは外国人「労働力」で、外国人「労働者」ではない。家族、文化、宗教などの生活実態を伴う外国人労働者を受け入れるには、医療、義務教育、就職、治安など多くの社会的コストがかかる。この方面の覚悟は、日本社会ではまだできていない。「外国人庁」の創設など体制整備が不可欠と提案する声は、まさにこうした問題を十分認識したうえでの判断だと思う。
技能実習生として日本に来る
中国人は遠からずいなくなる
中国は日本と同じ漢字文化を持ち、しかも人口大国である。その中国から多くの中国人労働者を導入しようと考えている企業と政治家がいる。私のところに実際、相談しに来た人もいる。
もちろん、人口大国の中国から労働者を受け入れることは可能だ。しかし、その人口大国も働き手不足に苦しんでいる実態を理解しなくてはならないと思う。10年前の2008年に、私はすでに日本のメディアに「やがて中国は労働者輸入国になる」という内容の記事を発表し、中国が外国人労働者を輸入し始めている実情を紹介している。
「中国の入管当局の発表によれば、1995年から2005年までの10年間で、中国側が強制送還した非合法入国、非合法滞在、非合法就労を意味する『三非人員』つまり不法入国・滞在・就労の外国人はのべ6万3000人だった。しかし、2006年一年間で、中国側が強制送還した『三非人員』は1万6000人にも及んだ。しかも、その数は猛烈な勢いで増え続けている、という」(同記事より)
10年の歳月が経ったいま、外国人労働者に対する需要は中国でさらに高まっただろうと思う。先月、中国を訪問したとき、フィリピン人家政婦の受け入れが認められれば、最低10万人が入ってくるだろうという経営者の発言が非常に印象的だった。
『移民政策研究』という学会誌がある。2014年に発行された『移民政策研究』第6号に、私は「日中はやがて労働力争奪時代に突入する」という報告を寄稿した。
その報告の中で、労働力不足で途方に暮れた中国企業のトップが地元政府に助けを求めるという窮余の策を出した実例を取り上げ、「そのまま行くと、中国は本格的に外国人労働力の導入を考えざるを得なくなる。その前に、まず日本への技能実習生という名目の労働力輸出を打ち切るだろうと思う。『奴隷労働同然』『人身売買』と批判される日本の外国人技能実習制度はおそらくそのときになったら、ようやく抜本的な改正を迫られるだろう」と指摘している。
同報告の最後に、次のような内容を書いている。
「2013年末、『広州日報』に日本の中国人技能実習生問題を取り上げる長い記事が出た。日本の技能実習制度の問題点や現場の実例などの内容は別に目新しさはないが,そのタイトルに私はある種の驚きを覚えた。
『家に帰ろう、日本で働く研修生たち!』
技能実習生として日本に来る中国人は近いうちに消えるだろう。記事のタイトルではあるが、中国の労働力市場が日本に来ている中国人技能実習生へ故郷への回帰を呼びかけ始めたと声として、私には聞こえた」
2014年、「日中はやがて労働力争奪時代に突入する」と私が予想していた。今回、私には日本が新しい在留資格を設け、実質的に外国人単純労働者の受け入れに踏み切ったことが、まさに日中両国がこの労働力争奪時代に突入する号砲として聞こえた。
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