給与や年金などの収入は、現在の水準がこの先も続くとつい考えてしまいがちだ。しかし実際には収入が急減しやすい5つの「崖」が存在する。特に50代半ばで収入が減る役職定年や70歳以降の有期型企業年金の終了、配偶者死亡による年金収入減などは十分意識されていない。あらかじめ崖の存在を認識して準備しておかないと、思わぬ資金ショートに直面してあわてることになりかねない。
「4年後の役職定年が心配」と話すのは食品会社で働くAさん(51)。Aさんの会社では55歳で役職定年になり収入が約2割減る。9年前にマイホームを購入、月14万円のローン返済があるうえ、小学生から高校生まで娘が3人いる。Aさんは「今でも毎月の収支は赤字でボーナスで補填しているのに……」という。
■役職定年、2〜3割の賃金削減も
第1の崖である役職定年は、本来の定年が55歳から60歳に移行した1980〜90年代に、人件費の抑制や組織活性化のために多くの企業が導入した。関連統計は少ないが、人事院の2007年調査では500人以上の企業の4割弱が導入。対象年齢は55歳が最も多く、次いで57歳だった。
役職定年前に比べて賃金水準が「変わらない」とした企業はわずか11%。86%が「下がる」と回答し、うち約8割で「75〜99%」、約2割で「50〜74%」の水準に下がるとした。社会保険労務士の井戸美枝氏は「2〜3割の賃金削減は珍しくない。役職定年を考えずにローン返済額や教育費を決めている人も多く、要注意」と話す。
2つ目の崖は定年。原則65歳までの雇用確保が義務付けられ、多くの企業が再雇用制度を導入するが、収入は大きく減りがちだ。厚生労働省の調査によると、5割の企業で再雇用後の基本給が定年時の「50%以上80%未満」の水準に、3割の企業で「50%未満」に下がる(図B)。
日本労働組合総連合会の「連合・賃金レポート2016」では60〜64歳男性の年間賃金は平均385万円(医療業など除く)で、55〜59歳時に比べて37%減る。しかも「減少率は企業により大差があり、5〜6割減るという例も多い」(井戸氏)。勤務先の60歳以降の雇用の仕組みを早めに確かめておきたい。
■年金生活でさらに収入減
再雇用が例えば65歳で終わり、公的年金生活に入ると収入はさらに減る。3つ目の崖だ。厚生年金の受給者の平均月額(15年度)は男性の場合、基礎年金と合わせて約16万6000円。年収で約199万円だ。妻がずっと専業主婦なら、妻の基礎年金と合わせて200万円台後半だ。
厚生年金の受給額は現役時代の収入により変わる。ただ保険料に上限があるため、収入が高かった人でも「受給額は平均よりせいぜい年40万〜50万円多いくらい」(井戸氏)。高収入だった人は生活コストも高止まりしやすいので、早めに身の丈にあった水準に切り替えるべきだろう。
60歳以降も、企業年金があれば生活の支えになる。しかし、企業年金はかつてのように終身でもらえるケースが激減しており、現在は10〜15年程度の有期型が多い。4つ目の崖はこの有期型企業年金の終了だ。
都内の男性Bさん(76)は2年前、日課のランニング中に脳梗塞で倒れて寝たきりになり、有料老人ホームで介護を受けながら暮らす。「ただでさえ支出がかさむのに、月に約15万円あった企業年金が75歳で打ち切りになり、その後は毎月貯金を取り崩している」
Bさんは「退職時に説明を受けたはずだが、15年間で打ち切りになることを認識していなかった」と話す。企業年金から支給がある間は支出も多くなりがち。ファイナンシャルプランナーの深田晶恵氏は「企業年金が打ち切られる頃には貯蓄があまり残っておらず、その後の生活に困る人も多くみられる」と話す。
■配偶者死亡で年金減少
第5の崖は、配偶者の死亡による公的年金の減少だ。夫の現役時代の平均年収を600万円、妻は専業主婦などとして計算すると、夫婦ともに生きていれば受け取る年金額は計288万円(図C)。月額にして約24万円で、高齢夫婦の無職世帯の平均支出額(27万円程度)を下回る。
夫が先に亡くなると年金はどれくらい減るのか。よくある勘違いが、夫の年金総額(厚生年金と基礎年金)の4分の3に相当する金額が遺族年金として支給されるというもの。だが実際には計算に夫の基礎年金部分は含まれない。この例では厚生年金(132万円)の4分の3に当たる約99万円が遺族年金となる。
これに加えて妻は自分の基礎年金(78万円)を受け取るが、それでも合計で177万円。夫婦で受け取れる金額に比べると約110万円も減ってしまう。「支出は一人になっても大幅には減らない。毎月の赤字幅が大きくなるのは避けられない」(深田氏)
■「収入減、家族に宣言を」
専業主婦の妻が先に亡くなった場合は原則、18歳までの子どもがいないと遺族年金は出ないので、夫は自分の年金だけになる。減額幅は78万円と比較的小さいが、夫は家事が苦手で外食が増えたり、家事代行サービスを頼んだりして生活費がかさみがち。やはり赤字幅は増えやすい。
様々な崖を乗り切るには現在の年収がいつまでも続かないことを認識したうえで(1)夫婦ともに長く働く(2)生活を身の丈にあった水準に直す——などして貯蓄をなるべく多く残しておくことが大事だ。特に(2)に関して深田氏は「配偶者や子供にみえを張らず、収入が減った場合はきちんと宣言すべきだ」と助言している。
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