2018年3月13日火曜日

なぜいま日本で「QRコード決済」

 QRコードを決済に使うというアイデアは比較的昔からあり、例えば筆者が把握している範囲でも2013年初頭にMastercardが発表した「MasterPass」というサービスでは、店頭での支払いオプションとしてNFCの代わりにQRコードを採用していた。

 現在ブームの火付け役になっている「Alipay(支付宝)」や「WeChat Pay(微信支付)」が2013年から2014年にかけて中国でローンチしたことを考えれば、大体この時期に実用的なサービスが出現し始めたといえる。WeChat Payなどの場合、小売店舗決済を可能にするアクワイアリングがインターネット事業者にも開放された2013年のタイミングで、既に送金サービス等でQRコードの活用が進んでいたという面も大きいだろう。

 米国で小売業者が共通の決済サービス導入に向けて連合を組んだ「Merchant Customer Exchange(MCX)」の発足が2012年だったが、ここで導入された「CurrentC(カレンシー)」というサービスで採用されたのもQRコード方式だ。当時は2010年ごろに盛り上がり始めたモバイルNFCの仕組みに暗雲が漂い始めていた時期であり、モバイル端末へのNFC標準実装があまり進んでいない状態だった。

 そのため、デバイスを選ばずに決済が行えるQRコード方式が選ばれたという背景がある。後の2014年にAppleから「Apple Pay」が発表され、再びNFCに脚光が集まったが、この時期に登場したサービスには「あえてNFCを選ばない」というものが多くあり、当時の状況を勘案したものだと考える。現在もなおAppleがiPhoneのNFC機能を決済向けに開放していない現状を鑑みれば、モバイルOSのプラットフォーマーではない一事業者がサービス展開をするにあたって、QRコード方式というのは対応プラットフォームを増やすうえで重要な選択肢だ。

 とはいえ、日本国内では既にFeliCaインフラが広域展開され、2020年の東京五輪に向けては海外で一般的なEMV Contactlessと呼ばれるType-A/B方式の非接触決済サービスの大手チェーンを中心とした導入が視野に入っている中、「なぜいまQRコード決済なのか」と疑問に思う方は少なくないはずだ。だが潜在するニーズを従来の非接触決済だけでは満たすことができず、この隙間を埋めるべく登場したのがQRコード決済だと筆者は考える。主な理由は以下の通りだ。

(主に中国からの)インバウンド需要への対応
ポイント連動などアプリを使った独自の決済サービスの仕組みを作りやすい
インターネット事業者など新しい参入者にとってハードルが低い
既存の決済ネットワーク(CAFISなど)を介さずにシステムが構築しやすい
タブレットやスマートフォン、POSにアプリを入れるだけでよいので小売店にとっての導入ハードルが低い
 簡単にまとめれば、「QRコード決済を必要とする買い物客がいる」「(市場トレンドはあるものの)クレジットカード決済導入のための設備投資には慎重(または予算や時間がない)」という2つの差し迫ったニーズがあり、一時的であれ導入の機運が高まっているというわけだ。

 2018年から2019年にかけて、QRコード決済(アプリ決済)拡大の最大で最後のチャンスがやってくるというのは、楽天をはじめ、関係各社共通の見解だ。

 理由は2つある。1つは、2020年の東京五輪に向けた「キャッシュレス」化の潮流の中で小売店側も多くが興味を示しており、QRコード決済を導入しやすい土壌ができつつあること。そしてもう1つは、全国チェーンでの導入が一気に進み、ユーザーにとって身近な場面で利用できる機会が増えることにある。

 特に後者は今後1〜2年で「10万店舗」(NTTドコモ)や「100万店舗」(LINE)といったように、ほとんどの人にとって生活圏に必ずといっていいほど対応店舗が出現する状況となるため、"ユーザーにとってメリットがある"ならば決済における選択肢の1つとなる可能性が高い。LINE Pay取締役COOの長福久弘氏は「2018年は業界各社で市場を開拓するフェーズとなり、2019年にはその中で頭1つ抜き出るベンダーが出現するかもしれない」と指摘している。

 日本でこうしたQRコード決済の仕組みが一気に拡大するきっかけとなったのは、AlipayとWeChat Payの興隆によるところが大きい。中国人旅行客を対象にしたインバウンド需要に応えるため、本国で利用できる決済手段を日本でも用意するというのは自然な流れだ。

 こうした取り組みは「銀聯カード(China UnionPay)」からスタートしたが、ここ1〜2年ほどはAlipayとWeChat Payの取り扱いが拡大しつつある。既存のカード決済インフラに相乗りする形の銀聯とは異なり、この新しい決済手段はQRコード(またはバーコード)を使うため、「店舗側がQRコードを掲出してユーザーがスマートフォンのカメラで読み取る」または「客が自身のスマートフォンに表示したQRコード(またはバーコード)を店舗がカメラまたは赤外線(IR)スキャナーで読み取る」という、いずれかの方式に対応する必要がある。

 コンビニのローソンのケースでは、POSレジに改修を加えて商品を読み取るバーコードでそのままAlipayの決済処理を可能にしている。こうしたPOS改修が難しい店舗や、そもそもPOSを導入していないような中小規模の小売店舗では、タブレットやスマートフォンにレジ処理用のアプリを導入して、こうしたニーズに応えている。あるいはリクルートのmPOS型決済サービス「Airレジ」のように、クレジットカード決済のメニューの他に「Alipay」「LINE Pay」も選択可能なものもあり、こうした仕組みを活用することで複数のQRコード決済への対応が容易になる。

 同様に、ローソンの場合も「新たなQRコード決済(バーコード決済)への対応はPOSにアプリケーションを追加するだけ」であり、同社はAlipayの他に楽天ペイ、LINE Pay、d払いにも対応を表明している。ドコモの前田義晃氏が指摘しているように、「もともとインバウンド対応に熱心な業界ほどQRコード決済の導入に興味を示す傾向がある」ため、この恩恵を受けやすいドラッグストアチェーンでの対応が一気に進んだという背景がある。

 「決済手段が増えて、利用できる場所が増えるのはいいけど、それでQRコード決済を使うメリットはあるの?」と思う方も多いかもしれない。メリットの1つは「カードを複数枚持たずともスマートフォンさえあれば支払える」という点にある。それなら、既におサイフケータイやApple Payなどを使っているユーザーは「何をいまさら」と思うかもしれない。

 だが、その前段階にある人々にとっては「手軽にキャッシュレスの世界に入るための一歩」だといえる。楽天ペイでは「10秒セットアップ」などと呼んでいるが、楽天の会員IDさえあれば、アプリをダウンロードして誰でもすぐに利用開始できる。QRコード方式であれば、基本的に全てのAndroid端末やiPhoneで利用できる点も大きい。

 LINE Payでの銀行口座ひも付けなど、本人確認を必要とされる場合もあり、より便利に使おうとしたときにまだ若干のハードルは存在するが、極力設定をシンプルにして間口を広げるというのがサービス提供者側の狙いにある。また、デフォルトで「ポイントプログラムと連動」する点もメリットであり、これは支払い手段とポイントカード(ロイヤリティーカード)が分離しているApple Payにはない特徴だ。

 まとめると、利用できる店舗が急速に増えつつあり、さらにこれまでスマートフォンを使ったことがないようなユーザーに「より簡単で便利に利用できる仕組み」として訴求している点がQRコード決済の特徴だといえる。その意味では、既におサイフケータイやApple Payを使っているユーザーには、あまり意味がないサービスかもしれない。だからこそ、「1つの店舗が複数の決済手段に対応する」ことが重要となる。「方法は1つじゃない。あらゆる手段をもってキャッシュレス社会を実現する」というわけだ。

 中国系のAlipay、WeChat Payを筆頭に、LINE Pay、楽天ペイ、d払い、Origamiといったサービスが登場した日本でのQRコード決済の市場。冒頭の3メガバンクの合意の話題にもあるように、今後もまだ何社かがサービス提供に名乗りを上げてくるはずだ。

 同時に、同じ仕組みに相乗りしてくる形となるため、(途中での方針転換がなければ)利用可能な店舗も最終的にある程度は同じ水準まで横並びになると予想する。一方で、それらが全て同程度に利用されるかといえばそうではなく、最終的にメインとなるサービスは1〜2社程度に収束するだろう。ポイント倍増などキャンペーンが盛んな初期段階では各社の拮抗(きっこう)が目立つが、やがて普段使うサービスは各ユーザーあたり1〜2社程度に減ってくる可能性が高いからだ。

 その意味では、冒頭の3メガバンクがどのような手を打ち出してくるのかは非常に興味深い。後発がゆえに展開の不利さをカバーするために3社でインフラ共通化を図っているのだと予想されるが、他社に比べた優位点はどこにあるのだろうか。

 1つは、人口カバー率にある。例えば、最大手の三菱東京UFJ銀行(BTMU)だけで4000万口座を抱えている。三井住友とみずほがその6〜7割程度だ。重複分はあるにせよ、3社の抱える潜在ユーザー数だけでおそらく楽天IDと同等か、それ以上の規模を持っている。もし、モバイル向けサービスの利用ハードルを大幅に下げることに成功したならば、銀行口座直結の利便性の高いサービスで一気に大手となるだろう。

 一方で、潜在規模以外の優位性があまりみられず、成功できるかは潜在需要の掘り起こしにかかっている。超低金利が長年にわたって続くなか、今後日本の銀行が生き残るうえで新しいビジネスモデルを構築せざるを得ず、「日々の物販で利ざやを稼ぐ」という、これまで銀行があまり介在してこなかった仕組みは、新たな収益源となる可能性がある。

 また、1つの店舗で2つのQRコード決済が同居できないケースが日本には存在する。意外に思われるかもしれないが、それは「Alipay」と「WeChat Pay」だ。中国でも「どちらか一方だけ」というケースはあるが、基本的にはどちらもワンセットで店頭にサービスロゴが掲出されている。例えば、AirレジやローソンではAlipayを導入しているが、ビックカメラはWeChat Payといった具合に、両方に対応している店舗は基本的に存在しない。

 その理由は両者が排他関係にあり、加盟店契約時のルールとなっているためだ。ゆえに仕組み的には同居が簡単にもかかわらず、「どちらか一方を選ばなければいけない」状態にある。だが(オンラインのカード決済サービス)Stripeのように海外由来のサービスではAlipayとWeChat Payへの同時対応が可能など、こうした排他ルールは存在しないようだ。

 「なぜ日本だけこうなった」という声はあちこちから聞こえてくるが、二者択一は各社にとっての悩みの種ではあるようだ。「WeChat Payは少額決済、Alipayはもう少し大きな買い物」という区分けが一般にあるとは聞くが、「ユーザーシェアはWeChat Payの方が大きいのでウチはこっちに決めた」(ビジコム)というベンダーもいる。また上海を拠点とする人々に話を聞いたところ「明確な使い分けはなく、その日の気分や、そのときに開いていたアプリで判断する(例えばチャットした直後の決済はWeChat Pay)」といった具合だ。

 AlipayとWeChat Payについては、インバウンド対応だけではなく、日本市場でユーザーを開拓するというウワサも聞く。だが日本国内でこのように排他契約が存在する以上、利用できる店舗は自ずと二分されるわけで、その点で不利だ。また中国でのケースと異なり、Alipayのベースとなっている「Taobao(淘宝網)」やWeChat Payの「WeChat」といったサービスは日本で利用されておらず、ユーザーを拡大する余地がほとんど存在していない。ゆえに、両者ともに日本での普及は当面はインバウンド需要にとどまるというのが筆者の考えだ。

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