トランプ大統領が誕生したことをうけ、国内メディアでもさまざまな論調があふれている中で、「産経新聞」が『「日本第一」主義でいこう』という首を傾げてしまうような提言をしていた。
目には目を、毒をもって毒を制すではないが、トランプ大統領の代名詞ともなった「アメリカファースト」の波に飲み込まれないためには、英国がEUから離脱したように、『「米国第一」主義には「日本第一」主義で対抗するしかない』(産経新聞 1月22日)というのだ。
「日本第一主義」といえば、在特会の桜井誠氏が立候補時に掲げたスローガンを思い起こす方もいらっしゃるかもしれないが、愛国ぶりでは「産経」も負けていない。
『日本で商売したいなら、この国に投資するのは当たり前。日本人は日本でつくった製品を買い、この国の農産物を食べよう。安全保障も米国におんぶにだっこではなく、もっと防衛力を整備しよう。もちろん、装備品は国産が原則だ』
もちろん、ディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」のような世界観をお持ちの方たちからすれば到底受け入れられる話ではない。「そんなのやったら戦争に突入だ」という批判だけではなく、「食料やエネルギーの自給率が低いこの国でそんなのできるか」という突っ込みまでさまざまな意見が出ている。
ただ、筆者が首を傾げているのはそこではない。
『「日本第一」主義でいこう』もなにも日本もとっくの昔から「自国第一主義」を進めている。トランプに対抗してというが、むしろトランプが日本の流儀を真似ているようにすら見えるのだ。
「バカも休み休み言え、日本は自国の利益だけではなく、世界経済や世界平和に多大な貢献をしているぞ、トランプみたいな差別主義者と一緒にすんな」という怒りの声が聞こえてきそうだが、大統領就任のスピーチでトランプが述べた以下の言葉がすべてをあらわしている。
「ルールは2つだ。アメリカ製品を買え、アメリカ人労働者を雇え」
●日本に「暮らそうと思っても暮らせない」
アメリカのメディアや、ワシントンのインテリは「史上最悪の演説だ」「品格がない」とバッシングしているが、実はこの2つを口に出すことなく粛々と進めてきた国がある。そう、日本だ。
あまり実感はないだろうが、実は我々は「日本製品を買え」と仕向けられているのに近い。確かに、食品やエネルギーの原料は海外に依存している。しかし、日本に溢れかえる「海外製品」は海外メーカーによるものではなく、国内メーカーがアウトソーシングしたものが圧倒的に多い。つまり、厳密に言えば、「中国やベトナムでつくった日本製品」なのだ。
我々が「日本製品」を買いまくっているのは、日本の輸入比率の落ち込みが如実に示している。1980年代、日本の輸入比率はアメリカの2倍だったが、バブル崩壊を経てアメリカ以下に落ち込んでいる。高度経済成長期のイメージでいまだに日本を「貿易大国」だと勘違いをしている方も少なくないが、デービッド・アトキンソン氏が新著『新・所得倍増論』(東洋経済新報社)で指摘しているように輸出額もドイツの半分。実は貿易ではなく「内需」に依存した国なのだ。
さらに言えば、「日本製品」がしっかりと守られる強固なシステムがあることも大きい。それは、「ムラ」にたとえられるほどの閉鎖的な市場だ。その代表が「ガラケー」を生み出した携帯電話市場だというのはよく聞く話だが、ソフトブレーン創業者として知られる宋文洲氏は、他産業でも多く見受けられると指摘している。
『日本を見渡すと、メディアや自動車販売など、あらゆる業界で、携帯と同様に、日本勢以外の新規参入を阻む壁が実は多い。あくまでも慣習的な壁であるため、規制緩和などの措置は意味がない』(日経ビジネス 2014年11月24日)
そんな「壁」など存在しない、とムキになって反論する方も多いかもしれないが、事実として日本ほど外国企業、外国人が働くことが難しい国はない。
2016年6月の在留外国人は約230万人。これは日本の人口のわずか1.8%に過ぎないのだ。
ご覧になっている方も多いと思うが、最近テレビで「日本はスゴい」「日本文化は世界一」と褒めちぎる外国人がたくさん登場している。にもかかわらず、なぜこれっぽっちしか「日本で暮らそう」という外国人がいないのか。「そりゃ物価が高いからさ」と言う人がいるが、日本より物価が高くても外国人がわんさか暮らしているシンガポールやスイスもある。
もうお分かりだろう、「暮らそうと思っても暮らせない」のだ。
●太平洋と日本海の壁
ご存じのように、日本はこれまで日本人と一緒に暮らし、働くという「移民」を積極的に受け入れてこなかった。これも先ほどの閉鎖的な市場と同様に、法律的には外国人が住むことは問題がない。しかし、言語や文化の違い、雇用や住宅における契約の難しさなど「慣習的な壁」があることで、外国人が働きにくい国となっているのだ。これは裏を返せば、移民が極端に少ないこの国では他の先進国と比較して外国人労働者に職を奪われる恐れが少ないということだ。
いや、日本でも隣国からかなり「不法滞在」が流れてきているだろうと懸念する方もいるだろうが、日本の不法滞在は約6万人。もちろん、この数は問題だが、日本の3倍弱の人口である米国の違法移民は1000万人を軽く超える。また、雇用主や斡旋者も3年以下の懲役、300万円以下の罰金に問われる「不法就労助長罪」に基づいて入管が目を光らせているので、不法滞在者がまともな職に就くのは難しい。つまり、日本は「移民」が自国労働者の職を脅かすリスクが低いという極めて稀有な先進国なのだ。
実はこれがトランプの決めたルールのもうひとつ「米国人労働者を雇え」と密接に関係している。
トランプ政策の一丁目一番地の「メキシコの壁」の本質は、安価な労働力である「違法移民」の流入を阻止して、自国民の雇用が増やすことにある。そんな短絡的な、と呆(あき)れるかもしれないが、実はこれを「太平洋と日本海の壁」で実行に移しているのが何を隠そう、日本なのだ。
●外国人労働者の流入を防ぐ「壁」
トランプは就任演説で「大虐殺」という言葉で米国経済の疲弊ぶりを世界中へ訴えたが、実はリーマンショック以降もちゃんと経済成長をしている。一方、日本は先進国の中で唯一経済成長をしていない。しかし、G7の中で最も低い失業率となっているのだ。
経済成長を遂げていない日本が失業率をこのレベルでキープできているのが、「外国人労働者」の流入を防ぐ「壁」にあることは明らかだ。
「損得」に誰よりも敏感なトランプが雇用問題を考えたとき、こういうモデルケースを見たらどう思うか。
1987年、トランプは『ニューヨーク・タイムズ』などに、「日本やサウジアラビアのような金持ちの同盟国に防衛負担をさせない外交政策は軟弱だ」という意見広告を載せた。その後、三菱地所がロックフェラーセンターを買収してから「ジャパンバッシング」はさらに加速。日本人の金満ぶりを茶化すジョークも飛ばしていた。
その一方で、自身の資金繰りが悪化していくと、日本の金融機関や、白木屋買収で注目を集めた横井英機氏に接近し、ビジネスの交渉を進めていた。そんな時代、トランプはこんなことを言っている。
「日本人と日本企業の競争力は尊敬しているが、好意は抱かない」(日本経済新聞 1990年7月6日)
トランプにとって日本は「憎き手本」だったのだ。
日本人の多くは、トランプの「排外主義」や「保護主義」に嫌悪感を抱いている。だが、それは我々がこれまで頑なに隠してきた「本性」が彼の中に見えてしまっているからではないのか。
0 件のコメント:
コメントを投稿