古くはマルサスである。産業革命以前でも人類が豊かになる兆しはあった。農耕
の発明、国家統一による社会秩序の安定、大帝国の成立による交易の利 益など
などである。狩猟採集で暮らすことのできる人口は100平方キロメートル(10キ
ロ四方)あたり数人である。江戸時代、1町歩(100メー トル四方)あれば立派
に家族が養えた。土地生産性は1万倍に上がっている。人手で耕さなければなら
ないので、労働生産性が1万倍になることはでき ないが、それでも少しは上がる
だろう。人類は豊かになっても良かったのだが、少しでも豊かになれば子供が生
まれ、人口が増加し、一人当たり耕地面 積が低下して、人類は貧しいままだっ
た。社会秩序の安定や交易から生まれる利益は、すべて人口増加に吸収され、一
人当たりで豊かになることはな かった。これが、マルサス人口論の教えである。
その後の開発された経済成長理論でも、人口増加は一人当たりの資本を減少さ
せて人類を貧しくする要因である。実際に、長期の一人当たり実質 GDPの成長率
と人口増加率を見ると、人口増加率の高い国ほど一人当たり実質GDPの成長率が
低いという関係がある。これは韓国や中国のような人 口成長率の低い国の一人
当たりGDPの成長率が高く、フィリピンやインドのような人口成長率の高い国で
一人当たりGDPの成長率が相対的には低い ことから納得していただけるだろう。
人口減少論は責任逃れのため
ではなぜ人口減少が諸悪の根源というような議論が日本で盛んなのだろうか。
第1は、人口減少がトレンドとして続いていけば、日本という国がなくなって
しまうから大変だということなのかもしれない。このままの人口成長率 が続け
ば、後1000年たたないうちに最後の日本人が生まれることになる。
第2は、高齢化の負担がとんでもないことになるからだ。本欄(原田泰「無責
任な増税議論 社会保障は削るしかない 税と社会保障の一体改革に欠けている
論点」2011年12月06日)で書いたように、現在のレベルの高齢者の社会保障を維
持する ためには、60%の消費税増税が必要になる。しかし、これは人口減少の
問題ではなくて、高齢化の問題だ。現役世代に対して高齢世代が増えすぎたか
ら起こっている問題である。
第3に、人口減少は、とりあえず誰かのせいにすることが難しいので、責任逃
れには都合が良いという理由がある。現役世代に対して高齢世代が増え すぎた
から社会保障会計の赤字が生じていると認識すれば、高齢世代の社会保障支出を
減らすしかないと議論することになるが、人口が減少しているせ いだとなれ
ば、人口を増やせばよいとなる。デフレは人口減少によるとしておけば、日銀の
せいではなくなる。経済成長率が低いのは人口減少のせいだ としておけば、と
りあえず誰のせいでもなくなる。
戦前は人口増加が問題だった
一方、戦前の日本は、人口圧力に人々は真剣に悩んでいた。日本は人口過多の
国だから、男は兵隊になって海外領土を確保しなければならないと思い 込んで
いた。植民地や海外領土を得ることに一生懸命になっていた。満州事変で満州国
を成立させたとき、日本人が熱狂したのも、広大な領土が手に 入って、日本が
人口圧力から逃れられると思ったからだ。
ところが実際には、人々は満州には行きたがらなかった。移住者の多くは朝鮮
籍日本人で、日本人移住者の多くは軍関係者、満州鉄道及びその関係企 業の日
本人だった。30歳の東京地裁判事、武藤富男は、満州国に赴任するにあたって、
年棒6500円を支給されたと書いている。当時の大審院長 (最高裁長官にあた
る)の俸給と同じである(武藤『私と満州国』16-17頁、文芸春秋社、1998
年)。軍関係者も満鉄関係者も満州国赴任官吏 も、皆、日本の俸給の数倍にな
る手当をもらわなければ行かなかった。農民を呼び寄せる手段は、地主になれる
という触れ込みだった。実際に満州国に 来たのは中国人だった。満州国の人口
は1930年から40年代の初期にかけて3000万人から4500万人に増えていたが、日本
人はその5%もい なかった。昭和恐慌から急速に回復した日本はもはや人手不足
になっており、満州国に行く必要がなかったからだ。
空想の人口圧力論で満州国を奪ったのだが、いざ奪ってみると人口圧力はすで
に解決されていた。本来、人口が減少することは、生産性を高めること だ。人
口が減れば、少なくとも土地生産性は高まるはずだ。江戸時代と異なって、少な
い人数で広大な農地を耕す様々な方法がある。なんでも人口のせ いにするのは
止めた方がよい。
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