人口減少、少子高齢化、低労働生産性……日本が抱える問題たち
日本は現在超少子高齢化が進み、労働人口の急速な減少が予測されている。内閣府は2016年8月25日に公表した「地域の経済2016−人口減少問題の克服−」で、「2030年度は、東京都や愛知県、大阪府などをのぞく38道府県で供給より需要が上回り、労働力不足に陥る」と予測している。
労働人口の減少による労働力不足に加えて、日本の労働生産性の低さも大きな課題だ。日本生産性本部の2014年の調査によると、「日本の労働生産性は7万2994ドル」「OECD加盟34カ国の中で第21位」「主要先進7カ国で最も低い水準」となっている。
人工知能(AI)は、人間のキャリアを破壊するのか?
人口減少や少子高齢化による雇用者の減少に対応する取り組みを政府は強化している。経済産業省は2016年8月28日、「産業構造審議会総会(第19回)」を開催し、平成29年度の「『新産業構造ビジョン』の今後の検討事項(案)」などの資料を公開した。
本検討事項は、人口減少や少子高齢化による雇用者の減少、国内市場の縮小が進む中で、第4次産業革命(IoT、ビッグデータ、人工知能、ロボット)によるパラダイムシフトを進めていくことを目指している。従来対応できなかった「社会的・構造的課題=顧客の真のニーズ」に対応し、「革新的サービスの創出」と「生産性向上」で中間層の仕事を充実させていこうというアプローチだ。
AIやロボットなどの活用は、「新しいビジネスの創造や生産性を高めるといったメリットはあるものの、人間の雇用が奪われてしまうのではないか」というネガティブな要素が、これまで多く指摘されてきた。これは、メディアなどで、人間同様の知能や意識を持つ、いわゆる「強いAI」ばかりをクローズアップすることが多かったためだろう。しかし現在、現実的に活用が進んでいるのは、人間の知能の一部を代替させるいわゆる「弱いAI」の方だ。
参考記事
DeepLearningが人工知能の裾野を拡大。ビジネス、社会、エンジニアはどう変わるのか?
現実的に活用が進んでいくのは「弱いAI」の方なので、今後は、「人間は、AIを活用してワークスタイルそのものを変えていき、仕事を充実させて労働生産性や自身のキャリアにおける市場価値を高めていこう」といった前向きな考えを持つ人が増えていくだろう。
なお、調査会社のガートナーは、2015年7月にAIやスマートマシンによる人間のキャリアの変化について、次のような予測を発表している。
AIやスマートマシンによる人間のキャリアの変化予測(出展:Your Job Is About To Get A Whole Lot Better - Smarter With Gartner)
これは、2020年までに、AIを実装した自律的に行動するロボットや自動運転車などを指す『スマートマシン』によって破壊されるキャリアパスは『17%』、パーソナル向けのスマートマシンによって良い影響を受けるキャリアパスは『12%』、エンタープライズ向けのスマートマシンによって良い影響を受けるキャリアパスは『22%』、影響を受けないキャリアパスは「49%」という予測だ。つまり、AIによって破壊されるキャリアパスよりも、良い影響を受けるキャリアパスの方が多いということだ。
AIの導入により、タスクが増える職種とは?
良いキャリアパスを築いていくためには、人間にしかできないことに集中する、つまり、AIなどに業務タスクの一部を割り振り、人間は人間にしかできないコア業務に集中し、生産性を上げていくアプローチが重要だ。
ジャストシステムが2016年8月23日に発表した「職業別の仕事と人工知能に関する実態調査」結果では、「AIに仕事の一部を頼みたいか」の問いに対して「Yes」の解答が最も多かった職種は「企画・マーケティング(35.7%)」、続いて「医師・看護師(33.3%)」だった。
人工知能(AI)に仕事の一部を頼みたいか(出展:「ジャストシステム 職業別の仕事と人工知能に関する実態調査 2016.8」)
マーケティング分野は、デジタルマーケティングやマーケティングオートメーションなどのキーワードに代表されるように、データを活用したマーケティングの自動化や効率化の取り組みが進んでいる。これからはさらにAIを活用して、企画・マーケティング業務の精度や効率性を高め、人間は「事業の判断」や「戦略策定」など、人間にしかできない業務にシフトしていくだろう。
AIと雇用の関わり方について、もう少し掘り下げてみたい。
総務省は、2016年7月29日に公表した「情報通信に関する現状報告(平成28年版情報通信白書)」の中で、AIの普及による人間の仕事のタスク量の変化と雇用への影響を整理している。
人工知能(AI)導入で想定される雇用への影響(出展:「総務省 情報通信白書2016」)
本白書では、AIの業務効率・生産性の向上効果により、機械化の可能性が高い職種のタスク量が減少していくと指摘している。その一方で、AIの導入や利用拡大に伴う「AIを導入・普及させるために必要な仕事」と「AIを活用した新しい仕事」の2種類は、タスク量の増加が進んでいくとしている。
タスク量の増加に対する雇用の対策は、「雇用の一部代替」「雇用の補完」「産業競争力への直結による雇用の維持・拡大」「女性・高齢者などの就労環境の改善」の5つだ。
「雇用の一部代替」は、人間がする仕事のうち、AI活用と比べて同じ生産性でコストが割高となる一部のタスクのみがAIに取って代わられる。
「雇用の補完」は、AIと一緒に働く人間やAIで軽減したタスク量であれば働ける人間によって補完される。
つまり業務の生産性を上げていくためには、中長期的に「AIの活用を前提としたワークスタイルの在り方」を考え、行動することが必要だということだ。
IT業界は需要増——就業構造の変化による雇用の流動化
AIによる雇用の流動化も進んでいくと見られる。経済産業省は、2016年4月27日に発表した「新産業構造ビジョン」の中間整理で、第4次産業革命の進展による産業構造や就業構造の劇的な変化を予測している。
就業構造の変化とは、「AIやロボットなどを作り、新たなビジネスのトレンドを創出する仕事」を国内外から集積し、「AIやロボットなどを使って共に働く仕事」を拡大させるといった変革だ。
第4次産業革命による就業構造変革の姿(イメージ)(出展:「経済産業省 「新産業構造ビジョン 中間整理」 2016.4)
「新産業構造ビジョン」では、就業構造を現状放置した場合、2015年度と2030年度で比較した職業別の従業者数の変化(伸び率)は、「経営戦略策定担当」「研究開発者」などの上流工程で136万人減少すると予測している。
逆に、「新産業構造ビジョン」による変革を進めた場合は、「経営・商品企画」「マーケティング」「R&D」など、新たなビジネスを担う中核人材が96万人増加すると予測している。
IT業界は、製造業のIoT化やセキュリティ強化など産業全般でITへの需要が高まるため、現状放置だと3万人減少であるが、変革を進めた場合は約45万人増加すると予測している。
一方、大衆飲食店の店員、コールセンターなどのサービス業(高代替確率)は、現状放置では23万人増加だが、変革した場合は減少していくと予測される。減少によって雇用を失った人たちは、新たな成長分野への雇用シフトが必要だ。
まとめると、AIやロボットによる効率化や自動化により、経営やマーケティングなど、人間の判断や創造性が求められる業種への「雇用の流動化」が進んでいくことが予想される、ということだ。
AIやスマートマシン活用による明るい未来(予測)
最後に、AIやAIを実装したロボット自動運転車などの「スマートマシン」を活用したワークスタイルの変革について整理する。
ICTインテリジェント化の影響に関する展望(出展:総務省 「AIネットワーク化検討会議」2020年以降の産業別ロードマップ 2016.4)
グローバル化の面では、多言語を含む「対話支援サービス」が挙げられる。これにより、迅速な意思決定や海外とのコミュニケーション増加に伴うビジネスの機会が増えていくだろう。
定型業務は、「バックオフィス業務の自動化」やAIによる「自動決済機能」「自分秘書代行」などで、業務の自動化や効率化を進めていくことが想定される。
新しい事業や業務を始めるときにも、優秀な人材の採用や育成にコストや時間をかけることなく、AI活用で事業の早期立ち上げを実現するといったアプローチが想定される。
マネジメント業務では、「第三者的で客観的な視点の助言」をAIに求めることで、意思決定のスピードを速め、事業の成功率を高められる可能性がある。
また、商品開発や企画・マーケティング分野も、開発した商品の発売前に消費者の評価が得られる仕組みを作るなどのアプローチが考えられるだろう。
自動運転車の活用もワークスタイルの変革につながると考えられる。
例えば自動車通勤で毎日片道30分運転している人なら、自動運転車に置き換えることで、1日1時間仕事に充てられる時間が増える。月間で21時間、年間なら252時間の仕事時間の確保にもつながる。
このように本稿では、AI活用によるワークスタイルの変革予想図を紹介してきたが、いかがだっただろうか。「AIは人間の労働を代替する」といたずらに不安がるのではなく、業務におけるタスクをAIと分担することで、AIは「自動化による労働生産性の向上や意思決定支援など、人間の業務を補完・拡張する」ものとして、ワークスタイルを変革するきっかけになることがお分かりいただけたかと思う。
極端にいえば、AIを活用することで、(同じ業務量であれば)週休3日制が一般的になり、仕事重視からプライベート重視型のワークスタイルやライフスタイルに大きくシフトしていく可能性もあるのだ。
現時点では、AIは十分に市場に普及しておらず、テクノロジー的に成熟していない部分もあり、セキュリティリスクなどさまざまな課題も山積しているのが現実だが、今後、AI関連のテクノロジーやサービスは普及していくと想定される。AIを業務に取り入れ、ワークスタイルを変革し、進化させていくことができるかが、これからのビジネスパーソンのキャリアパス形成で、重要な位置付けとなっていくだろう。
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