2018年9月25日火曜日

“変態セブン”が生まれた背景に、地獄のドミナント戦略

 最初に耳にしたとき、変態が7人いるのかと勘違いした人も多いのではないか。

 栃木県内のセブン-イレブン(以下、セブン)で、破天荒すぎる言動を繰り返していたオーナー店長に、地域の方たちが付けた「変態セブン」という斬新なあだ名のことだ。

 この一度聞いたら忘れられないパワーワードが登場したきっかけは、女性客に対して、ズボンのチャックから指を出し、みだらな言葉を繰り返す動画が公開され、マスコミの取材が現地に殺到したことだ。

 その中では、耳を疑うような証言も出ている。

 今から7~8年前、ミニスカートを着用していた女性が買い物をしていたところ、オーナー店長が細長いパンを自分の下半身に当てて、「ねえ、僕と遊んでよ。遊びたいからミニスカート履いてるんでしょ」とそのパンを女性の膝に押し当ててきた。そこで、この女性の夫がセブン本部に苦情を申し立てたところ、オーナー店長は「謹慎」に追い込まれたという。つまり、セブン本部としても、変態セブンのことをかなり以前から認識していたのだ。

 セブンには「一人あたり7、8店舗を担当し、オーナー様と綿密なコミュニケーション」(同社Webサイト)をとるオペレーション・フィールド・カウンセラー(以下OFC)という店舗経営相談員がいるのだが、なぜこの問題を放置していたのかという疑問もある。

 ただ、個人的には、今回の問題は「オーナーとOFCを叩いて終了」という話ではない気もしている。

なぜ変態セブンはあそこまで狂ってしまったのか。なぜOFCは彼を放置していたのか。これらの謎をつきつめていくと、ある組織的な「病」が見えてくるからだ。

 それは、「ドミナント戦略」だ。

●セブンの戦略がオーナーたちを追い詰める

 ドミナント戦略とは、特定地域に出店を集中させて商圏内を独占状態にすることだ。ブランドの認知度と顧客のロイヤルティーが高まることに加え、配送面や店舗管理面にもメリットがあって、これを進めれば地域内の勢力図をオセロゲームのように一気に塗り替えることができる。セブンの出店戦略の根幹をなすものだ。

 実際、セブンの公式Webサイトの「店舗検索」を見ると、今回問題となった店舗から2キロ強の圏内には、10店舗がひしめきあっている。もっとも近い店舗は直線で700メートルほどだ。ちなみに、同じ圏内でファミリーマートは3店舗、ローソンは4店舗しかない。

 確かに、そのドミなんちゃらのせいなのか、ウチの近所でもセブンがたくさんできているけれど、それが変態セブンとは何も関係ないだろと首をかしげる人もいるだろうが、まったく関係ないとは言い難い。

 このドミナント戦略が、セブンオーナーたちを経済的にも、精神的にも限界に追いつめているのではないかという指摘があるからだ。

 日本フランチャイズチェーン協会によれば、コンビニの店舗数は2016年末時点で5万4501店(前年比2.8%増)。この10年で約1万4000店増えている。こんな厳しい競争環境の中で、隣近所にポコポコとセブンが建設されていけば、「共倒れ」のリスクが増すのは言うまでもない。たたでさえ、廃棄弁当が店の負担となる「コンビニ会計」で苦しんでいるところにダブルパンチとなっている。

 また、同地域で同じ店ができれば労働力の奪い合いになるのは自明の理だろう。バイトが確保できなければ、経営者なのにブラック企業の一兵卒のように、心身が壊れるまで働き続けなくてはいけないのだ。

●終わりの見えない闘いの中で

 そこへ加えてこのドミナント戦略が、オーナーたちにとって恐ろしいのは、ライバルの出店も加速させることだ。商圏を独占しようというセブンの動きを、ライバルもただ指をくわえて見ているわけにはいかない。よく競合コンビニが仲良く並んでいる風景を見かけると思うが、あれはドミナントに「くさび」を打ち込んでいるのだ。

 FC本部からすれば店舗は「陣取りゲーム」の「駒」のようなものなので、どこかでドミナントの動きがあれば、そこへわっと敵味方の「駒」が集められる。結果、光に寄せ集められる虫のように、ライバル店やセブンオーナー仲間が一堂に介して、誰が生き残れるかというコテコテのレッドオーシャンが繰り広げられるというわけだ。

 このような"ドミナント地獄"にハマって、心身ともに疲弊しているセブンオーナーは少なくない。そして、動画での、あの能天気そうな立ち振る舞いとまったく結びつかないが、変態セブンも人知れずこの地獄の中でおびえ、悩んでいた可能性があるのだ。

 先ほど、件の店舗の2キロ強圏内には10のセブンがひしめき合っていると述べたが、実はここまで増えてきたのはこの数年のことだ。まず16年2月、直線で700メートルほどの場所に新規店舗がオープン。ほどなく、変態セブンの店舗もリニューアルオープン。翌17年8月には直線でおよそ1.7キロのところにも新規店舗ができている。

 このようにセブンが商圏を圧倒しようという動きがあれば、ライバルも当然動く。昨年5月には店からおよそ200メートルのところにファミリーマートが出店。今年1月には約500メートル離れたロケーションにローソンがオープンしている。

 つまり、変態セブンは2年半前くらいから、セブンとライバルが織りなす「ドミナント地獄の真っ只中に放り込まれていた」状況だったのだ。

 コンビニオーナーが最も恐れるのは、隣近所にコンビニがオープンすることだというのは言うまでもない。しかも、ライバルだけではなく、「仲間」まで自分のテリトリーを侵しにやって来るのだ。変態セブンが、人知れず孤独と恐怖に襲われていたのは間違いない。

 だから、チャックから指を出したり、わいせつな言葉を投げかけたりするのは大目に見ろ、などと言いたい訳ではない。この終わりの見えない闘いの中で、オーナー店長は「モラル」や「善悪の判断」が壊れてしまったのではないか、という可能性を申し上げているのだ。

●コンビニのフランチャイズシステムのひずみ

 分かりやすいのが、大阪府のファミリーマート2店舗かけ持ちで、1日15時間労働をして亡くなった男性の遺族が、本部と店舗オーナーに損害賠償を求めて訴えた事件だ。16年に和解が成立したが、注目すべきはこのブラック環境に追いやられた男性のため、店の手伝いをした妻と長女のこの言葉だ。

 「時間に追われて仕事をして、寝たと思ったらまた仕事。思考できなくなった」(産経WEST 2016年12月29日)

 24時間の「便利さ」を当たり前のように提供し、さらに質の高い接客までが求められるコンビニで、本気でそれを実現しようと思ったら、やらなくてはいけない仕事は際限がない。そんなハードワークが人手不足でブラック化すれば、人間が「壊れる」のは当然なのだ。

 ならば、わずか2年あまりで隣近所に次々とコンビニができて、心身共に追いつめられたオーナー店長が、常軌を逸した「奇行」に走ることがあってもおかしくないのではないか。

 このようなドミナント地獄に象徴される、コンビニのフランチャイズシステムのひずみが、そこで働く者たちの人間性を崩壊させることは、何も筆者だけが言っていることではなく、さまざまな元オーナーやFC本部にお勤めだった方たちも認めていることだ。

 例えば、土屋トカチ監督の『コンビニの秘密 ―便利で快適な暮らしの裏で』というドキュメンタリー映画がある。タイトルの通りに、我々が享受している「便利さ」が何を犠牲にして成り立っているのかが非常によく分かる内容なのだが、そこで興味深いのは、作品中に大手コンビニの法務部に勤めていた男性が登場し、フランチャイズシステムについてこんなことをおっしゃっていることだ。

なぜ変態セブンは誕生したのか(写真提供:ゲッティイメージズ)© ITmedia ビジネスオンライン なぜ変態セブンは誕生したのか(写真提供:ゲッティイメージズ)
 「一言で言うと、奴隷制度とか、人身御供システム」

 どきつい表現だと思うが、実は見事に本質を突いていることが、先ほどのファミマのケースをみれば分かる。

 8カ月で4日しか休みがもらえずなくなった男性は、幾度となくオーナーや本部に自分の窮状を訴えていたが、返ってきたのはこんな血も涙もない対応だった。

 『オーナーは「自分は病身なのにこんなに働いている。もっと頑張れ」ととりつく島もなく、本部から派遣されるスーパーバイザーも改善策を講じなかったという』(同上)

●組織やビジネスモデルの危機

 なぜこんなことが平気でできたのかというと、彼らが男性のことを無意識に「奴隷以下」の扱いしていたからだ。FC本部やエリアマネージャーにとって、コンビニオーナーは「頑張れ、頑張れ」と尻を叩く「奴隷」である。ならば、その下で働く従業員がどんな存在だったのかは説明の必要もあるまい。

 このようにフランチャイズシステムを「奴隷制度」だと捉えると、変態セブンが長年放置されてきたことも説明がつく。本部にとってセブンオーナーという「奴隷」に求めるのは、ドミナント戦略の「駒」として自分の持ち場をしっかりと死守してくれることだ。それさえやってくれていれば、「奇行」や「セクハラ」のクレームが多少あっても、それほど大きな問題ではなかったのではないか。

 企業の危機にアドバイスをするという仕事柄、変態セブンのようにモラルが壊れてしまった人や、その類の話はよく耳にすることが多い。これまでの経験では、こういう人が現場に登場するときは、組織やビジネスモデルが退っ引きならない危機が迫っているという印象だ。

 例えば、かつて隆盛を極めたサラ金大手・武富士では崩壊直前、現場の人間が債務者リストを持ち出すというモラルハザートが横行した。最近でも「宅配クライシス」と大騒ぎになる前は、佐川急便のドライバーが突然ブチ切れて、運んでいた荷物を執拗(しつよう)に蹴り飛ばす衝撃映像が流れた。

 組織やビジネスモデルの危機は、現場の壊れっぷりから分かるものなのだ。

 セブンも少し前、店員が女性客に対して「温めますか?」と聞いたところ、「うん」と答えたことが態度が悪いと激高し、「お願いしますとか言うのが当たり前だろうが」と説教をする動画が公開され、大きな話題となった。

 それはお店の人をわざと怒らせておもしろ動画をあげる風潮が、みたいなことを言う人もいる。確かにそういうくだらないことをする人たちがいるのも事実だが、コンビニの現場が危機的状況にあることは、業界の一角をなすファミマの澤田貴司社長も認めている。

●「壊滅的な危機の前兆」と捉えるべき

 就任前、アルバイト従業員と同じように現場に入って、実際に働いた澤田社長はこんなことをおっしゃっている。

 「痛感したのが、現場の負担が危機的なまでに高まっている現実です。もう染み渡るように分かりますよね。特に人手不足は本当に深刻です」(日経ビジネス 2017年11月7日)

 コンビニ業界における現場の負担が危機的な状況が高まる中で現れた変態セブン。これを「世の中にはとんでもないバカがいたね」という話で済ませるのか、それとも「壊滅的な危機の前兆」と捉えるべきか。

 第2、第3の変態セブンが登場する日も、そう遠くないのではないか。

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