2018年5月15日火曜日

AI時代の人材活性化策「マインドフルネス」とは? GoogleやSAPが実践

 人工知能(AI)テクノロジーを導入する際に、最高情報責任者(CIO)が直面する1つの課題は、これまでの仕事への影響だ。IT部門の仕事だけでなく、AIテクノロジーによって完全に、または部分的に自動化される、あらゆる仕事が影響を受ける。

 自動化されない仕事は、社会的知性に大きく依存する仕事くらいだろう。AIテクノロジーを使った会話インタフェースの進化は目覚ましい。ただし近い将来にこうしたテクノロジーが、人間ならではの能力に追い付くことはありそうもない。顧客との関係を深める、社内チームをやる気にさせる、ブレーンストーミングの際に文脈を理解して応用する、といった能力のことだ。

 将来的には、仕事の大半がAIテクノロジーに代替されるようになるとの見方がある。「AIテクノロジーや予測分析が主流になるとともに、職場では、われわれは単なる頭の良さではなく、賢さや優れた手腕を要求されるようになる」。コーチングサービスを手掛けるGlobal Coaching AllianceのCOO(最高執行責任者)を務め、『Fearless at Work』(仕事は怖くない)の著者でもあるマイケル・キャロル氏は、そう語る。

 キャロル氏は、2018年4月に開催された職場改善に関するイベント「Mindful Workplace Summit」で登壇した。この2日間のイベントには、Amazon.comやFacebook、Google、UPS(United Parcel Service)といった、有名企業のエリートが詰め掛けた。目的は「マインドフルネス」の探求だ。

 マインドフルネスは、心を落ち着かせるための仏教の瞑想(めいそう)法を指す。近年では企業の間で、マインドフルネスの実践が進みつつある。収益の維持や従業員の人間的な成長につなげる狙いだ。前者への期待がマインドフルネス普及の原動力となっている。

 Mindful Workplace Summitのメインテーマの1つは、破壊的革新テクノロジー、とりわけAIテクノロジーが従業員に与える影響と、それにどう対処するかだった。GoogleやSAPは、職場向けマインドフルネスプログラムを積極的に取り入れている。多くの仕事がAIテクノロジーに代替される中、従業員が自らのスキルに磨きをかけ、新しい職務に適応できるようにするためだ。

「心理的安全性」がイノベーションを促す
 Googleで職場向けマインドフルネスプログラムの推進に携わったビル・ドゥエーン氏によると、同社がこのプログラムを提供する方針を打ち出したのは、AIテクノロジーをはじめとする破壊的革新テクノロジーの台頭と、それが従業員チームのパフォーマンスに与える影響を考慮した結果だ。同社の社内調査では、チームが大規模な破壊的変化に直面する中で、イノベーションに取り組めるようにする最も重要なファクターは、心理的安全性であることが分かったという。

 現在はGoogleを退社しているドゥエーン氏は、同社で主席エンジニアを務めていたときに、社内で小規模に運営されていた職場向けマインドフルネスプログラムに参加した。そのプログラムで仕事のパフォーマンスが格段に上がったことから、同氏の仕事は同社においてマインドフルネスプログラムの開発をリードすることに変わった。

 やがてこのマインドフルネスプログラムはスピンアウト(独立)し、2012年に非営利の運営組織として「Search Inside Yourself Leadership Institute」(SIYLI)が設立された。同組織のマインドフルネスプログラム「Search Inside Yourself」(SIY)は他の企業でも広く採用されており、SAPもその1社だ。

「マインドフルネス」とはあえて言わない
 SAPのグローバルマインドフルネスプラクティス担当ディレクターを務めるピーター・ボステルマン氏は、2012年にSAPでマインドフルネスプログラムの立ち上げを担当した。このプログラムは6500人以上の従業員に提供されており、受講待ちの従業員が5500人以上いる。

 ボステルマン氏によると、マインドフルネスプログラムをSAPに定着させる上でポイントの1つとなったのが、マインドフルネスという言葉と、心理療法や宗教に関連する用語を使わないことだった。

 業績優秀な経営幹部は「マインドフルネスの実践は、従業員が堅実なビジネス成果を達成する妨げになる」と認識している場合が多かったという。こうした見方の典型としてボステルマン氏は振り返るのが、正式なマインドフルネスプログラムの立ち上げ前に同氏がコーチングをしていた、ある上級役員の言動だ。

 ボステルマン氏が「マインドフルネスを試してみてはどうか」と勧めたところ、その役員はこう答えた。「気は確かなのか。ヒッピー(1960年代に米国から広がった、脱社会的行動を取る若者)のまねごとなんてまっぴらだ」。だが1カ月後にボステルマン氏が「注意力のトレーニングが役立ちそうだ」とアドバイスすると、その役員はプログラムに熱心に取り組み、リーダーシップを目覚ましく向上させた。

 「これは大きな気付きとなった。適切な言葉を見つけることが必要だった」と、ボステルマン氏は語る。同氏は、自身が見いだした職場向けマインドフルネスプログラムの導入のこつとして「プログラムをシンプルに保ち、宗教色を一貫して排除すること」を挙げる。

 ボステルマン氏はマインドフルネスプログラムについて、次のように語る。「スピリチュアル(「霊的」「神聖な」「宗教的」などの意)なものではなく、お香をたいたり、あぐらをかいたりする必要もない。神経科学やエビデンス(科学的証拠)で効果が証明されている」

 実際、SAPのマインドフルネスプログラムでは、あぐらをかく人は誰もいない。一方でマインドフルネスを取り入れたミーティングでは、参加者が黙とうをしてから議題に入る。ボステルマン氏によると、そうすることで目の前の問題に注意を集中しやすくなり、結果として滞りがちな会話がスムーズに進むという。

パフォーマンス向上効果に焦点を当てる
 役員にマインドフルネスプログラムについて説明する際は、従業員のパフォーマンスに焦点を当て「マインドフルネスと、リーダーシップの発揮に役立つ社会的知性との相関を示す、科学的研究を引用するとよい」とボステルマン氏はアドバイスする。

 マインドフルネスは、感情的知性とも相関している。AIテクノロジーを導入すると職場は急速な変化を遂げ、それに伴い混乱が生じ、先行きが不透明になりかねない。感情的知性は、管理職や従業員がこうした状況を乗り切っていくのに役立つ。

 「欠点を直すことよりも、潜在力を高めることに力点を置かなければならない」とボステルマン氏は語る。「マインドフルネスは弱者の救済ではなく、人が最大限の力を発揮するのに役立つものだと示す必要がある」(同氏)

 職場でのマインドフルネスプログラムは、ストレスの緩和に効果を発揮する。ただしパフォーマンスを高めたいと考える従業員は、これをメリットだと感じないことがある。マインドフルネスプログラムを健康プログラムと位置付ける企業は少なくない。だがこのことが、参加の機運に水を差すことになりかねないのだ。

 ボステルマン氏の見立てでは、テニス界のスターでマインドフルネスを信奉しているノバク・ジョコビッチ選手のような人物が体現しているパフォーマンス上の効果を強調するアプローチの方が、健康問題を抱えていない業績優秀者の興味を引き付けるという。

 マインドフルネスプログラムは、ビジネス環境における変化のペースの速さに付いていくために、企業が対処する必要があるメガトレンドだとボステルマン氏は考えている。「まだ手を着けていない企業が考えるべきなのは、マインドフルネスプログラムを実施するかどうかではない。今すぐ始めるか、後で始めるかだ。いずれにしても、先行している他社を追い掛けなければならない」(ボステルマン氏)

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