2013年3月4日月曜日

貧しくなる資本主義 アマゾンの人間オートメーション

在英ジャーナリストの小林恭子さんが、米大手ネット通販・アマゾンの配送センターをルポした英紙フィナンシャル・タイムズの記事を紹介しておられたが、英大衆紙デーリー・メールもFT紙の記事を転載した。競争の厳しい英メディアが、「後追い」記事を載せることはあっても「転載」は非常に珍しい。

米映画ターミネーターは、人工知能スカイネットや殺人ロボット・ターミネーターの支配に抵抗する人間の近未来を描いた。アマゾンの配送センターでは、サトナブ(衛星測位システム)の携帯端末を持たされた労働者がコンピューターの指示通りに働いている。

人間性より効率性を優先するアマゾンの人間オートメーションは、ディストピア(ユートピアとは正反対の社会)を英国人に連想させるのだろう。英作家ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』は、英国人が一番嫌う社会だ。

サッカー場を9つ合わせた広大なアマゾンの配送センターでは、オレンジ色のベストを着た数百人の労働者がせわしなく歩き回る。サトナブが本を棚から集める最も効率の良いコースを表示する。もたもたしていると、「急げ」のシグナルが送られてくる。

配送センターが開設された英スタッフォードシャー州は産業革命で石炭、製鉄業などが栄えた。しかし、次第に国際競争力を失い、サッチャー革命で地盤産業が衰退、失業者があふれた。ネットの寵児、アマゾンの進出でバラ色の未来が約束されると地元住民は胸を踊らせた。

薬物・アルコール中毒検査をクリアした労働者は最低賃金に近い金額で3カ月働いた後、正社員になるチャンスを与えられる。

配送センターの仕事は4分類される。他の場所から送られてくる本の受け取りライン、配送するための荷造りライン、本を棚に収納する係、注文のあった本を棚から集めてくる係だ。

本を集める係の人はサトナブ片手に手押し車を押して、1日8時間、コンピューターの指示通り倉庫の中を歩き回る。昼休みは30分。歩行距離は1日11〜24キロ。配送センターから出る時は何も盗んでいないかをチェックする探知機を通らなければならない。

アマゾンは最近、ロボットメーカーを買収した。アマゾンのマネージャーは記事の中で、配送センターで働く労働者について「あなた方は人間の姿をしたロボットのようなものだ」「人間オートメーションと表現しても良いかもしれない」とつぶやいている。

「消費者のため」は本当か

アマゾンは2006年に欧州本部をVAT(付加価値税)が20%の英国から15%のルクセンブルグに移した。2011年に英国での売り上げが33億5000万ポンド(約4700億円)もあったのに、納めた法人税は180万ポンド(約2億5000万円)だった。

アマゾン、スターバックス、アップルなど米国の国際企業は国際競争を勝ち抜いて消費者に安価な商品を提供するためには、法人税を低い国で納めて節約する必要があると主張する。「私たちは英国に投資をして、雇用を生み出している」と強調してみせるのだ。

しかし、アマゾンが成功すればするほど、目抜き通りの量販店は消えて行く運命にある。今年1月、英国最大のCD、DVD販売チェーンのHMVが倒産し、従業員が大量解雇されたばかり。

では、アップルはどうか。時価総額が世界最大になったアップルのビジネスモデルについて、英シンクタンク、社会文化的変化研究センターが報告書をまとめている。

「スマートフォン(高機能携帯電話)iPhoneの生産拠点を中国から米国に移しても50%近い粗利益率を維持でき、米国で数十万人の雇用を創出できる」という結論だった。

本社では製品の設計とマーケティングに徹し、生産は低賃金の中国など新興国・途上国に移すのがグローバル時代の典型的ビジネスモデルだ。

社会文化的変化研究センターの調査では、中国で生産した場合、組み立て労働コスト7・10ドルを含む総生産コストは178・45ドル。販売価格は630ドルなので、粗利益は451・55ドル(粗利益率71・7%)。

米国に生産拠点を戻した場合、組み立て労働コストは165・67ドルに跳ね上がり粗利益は292・98ドルに圧縮されるものの、46・5%の粗利益率を維持できることが確認できた。

中国の低賃金労働はiPhoneの値下げにつながっておらず、アップルの利益最大化に貢献していた。潤っているのは消費者ではなく、株主の大口投資家や役員たちだった。

中国にあるアップルの下請け工場では、労働者の自殺や自殺未遂が相次いだ。劣悪な搾取工場ではなかったが、効率化された単純な作業が延々と続けられていた。

100年前はトイレ時間も制限

アマゾンの人間オートメーションに関する記事を読んで、処女航海の途中で沈んだ英豪華客船タイタニック号を作った造船所を思い出した。

約100年前、英国と米国を結ぶ大西洋航路のスピード化、大型化が急速に進んでいた。タイタニックなど大型客船を作る英・北アイルランドのベルファストにある造船会社ハーランド・アンド・ウルフでは約1万5000人の労働者が働いていた。

造船所の玄関を労働者がくぐり抜けるだけで約30分を要した。鉄と鉄がぶつかり合う轟音で難聴になる労働者が多かった。リベットを打つ際、穴に指を入れている最中に鉄板がずれて指を切断する労災事故が続出した。

客船1万総トン当たり1人が死亡した。タイタニック号は4万6328総トンなので4人強が死亡する計算だったが、死者は8人にのぼった。

昼食時間は30分。週49時間労働で、週給2ポンドだった。トイレ時間は1日7分。トイレの前にタイムウオッチを持たせた「ミニッツ」と呼ばれる監視係が立っていた。賃金を低く抑えるため、時間超過すると容赦なく賃金がカットされた。

西洋の没落

100年経って、労働搾取工場は人間オートメーションに姿を変えた。これは資本主義の発展を意味するのだろうか。タイタニック号の時代はまだ、植民地からの搾取で先進国は発展と繁栄を享受できた。

英国で話題になっているアマゾンの人間オートメーションは、これまで先進国が途上国に押し付けてきた単純労働がブーメランのように先進国自身にふりかかってきたことを物語る。

ホワイト・カラー(事務労働者)ではなく、ホワイト・ワーキングクラス(白人の肉体労働者)が英国では増えている。この現象は西洋の没落のほんの序章にすぎない。

経済協力開発機構(OECD)が2012年11月にまとめた報告書では、OECD先進諸国の国内総生産(GDP)の合計は2030年には非OECD諸国に追い抜かれる。

世界経済における各国GDPの占める割合

国・地域    現在 2030年  2060年

米国   22・7% 17・8%  16・3%

ユーロ圏 17・1% 11・7%   8・8%

日本    6・7%  4・2%   3・2%

中国     17% 27・9%  27・8%

インド   6・6% 11・1%  18・2%

※2005年の購買力平価で換算、OECDホームページより

各国の経済力も上図のように大きく変化する。

2060年までに、インドや中国の国民1人当りの所得は7倍以上に増え、非OECD諸国では平均で4倍になる。これに対し、OECD先進諸国の所得成長率は2倍にとどまる。

半世紀後も、先進国と新興国・途上国の1人当たりの所得格差はまだまだ大きい。しかし、格差は確実に縮まり、中国の国民はイタリア、ギリシャ、ポルトガルよりも豊かになっている。

私が、若い人に1つだけ言いたいのは、「みなさんには貧しくなる自由がある」ということだ。「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構。その代わりに貧しくなるので、貧しさをエンジョイしたらいい。ただ1つだけ、そのときに頑張って成功した人の足を引っ張るな」と。

と、小泉政権で構造改革を進めた竹中平蔵さんが東洋経済オンラインのインタビューに述べ、話題になったことがある。

しかし、私たちは望むと望まざるとにかかわらず、「貧しくなる資本主義」を生き抜かざるを得ない。日本は、急激に変貌するアジアの真っ只中にある。人間がコンピューターに使われる人間オートメーションであっても、「仕事があるだけありがたい」と思わなければならない時代はもうそこまで来ている。

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